ココロノ旅
-World Hopper-

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1:『再会の約束』



「一文字ィ、お前さん宛にメール来てるぞ」
「え?マジ?」

 言いながら滝和也の操作するノートパソコンを覗き込んだ一文字隼人は、そこに見えた「一文字さんへ」の件名と送信者の名前に盛大に肩を落とす。
「なぁ、なんで真美さんは俺じゃなくて滝んとこにメールしてんの?俺宛の」
「信用ねーんだよ、お前」
 ケラケラと笑う滝の後頭部をぽこんと張り飛ばし、隼人は手を伸ばして滝のノートパソコンを操作し、届いたばかりの真美のメールを開いた。


『一文字隼人さん

 お久しぶりです、真美です。
 今度、日本にビザの書き換えで一時帰国する事になりました。
 今月の25日から三日間、帰ります。
 もしも東京にいらっしゃるのなら、お会いできませんか?
 一縷の期待を込めて、
 滝さんにメールを書いておきます。赤いマフラー、持っていきますね。

                        真美』



 ぼうっとしたような顔で長くないメールの文面を何度も読み返す隼人を、後ろから復活した滝が小突く。
「コノヤロ、色男、デートのお誘いじゃねーか。マフラーまで置いていくとはお安くないねぇ」
「…って、これ俺が見なかったらどうするつもりだったんだよ、真美さん」
「お前が本郷や他のライダーとは脳波で会話出来るからって携帯とかパソコンとか持たねぇのが原因じゃねぇか」
 ついで言うなら俺と本郷はお前と違って文化人だからパソコンと携帯は標準装備なんだよと呆れたように滝が言う。
「管理されてるみたいで携帯嫌いなんだよ。ってか、なんで滝が真美さんのアドレス知ってんだよ!」
「俺はガモン共和国に行ったときにアドレス交換してんだもんよ」
「ずっりー…」
 がしがしと滝の頭を隼人がかき混ぜる。その時、ふざけ合う二人の後ろから呆れたような声がかかった。

「何をしてるんだ、お前達」

 その声に同時に滝と隼人が振り返る。そこには、分厚い横文字の専門書を手にした背の高い男が立っていた。その姿を見てさっと滝が立ち上がる。隼人が間抜けな声を出した。
「あ、本郷」
「本郷、聞いてやってくれよ!一文字がさ、戦地で出会った女医さんとデ…」
「だーもう、黙れよ滝っ!!」
「ぐぇ、苦しっ…、お前、手加減無しで締めんな馬鹿力!」

 改造人間の、それも称して『力の二号』と呼ばれる仮面ライダー二号、一文字隼人に締め付けられては幾ら滝が訓練を積んで修羅場をくぐり抜けた百戦錬磨のFBI捜査官とはいえ堪ったものではない。
 ギブギブ!本郷、タオル投げて!と床を叩く、子供のような米国籍捜査官と住所不定戦場カメラマンの二人の親友を交互に呆れた目で眺め、二人に宿舎を提供中のこの家の主でもある本郷猛は深い溜息をついた。
「お前達が来てからうちは騒がしいことこの上ないよ」
「でも、退屈はしねぇだろ?」
「いいかどうかは別にしてな」
「ほ・ん・ごー?」
 無愛想なツラして人間づきあいってもんをこの滝さんが教えちゃる!と滝が腕をぶんぶん回しながら立ち上がり、隼人が『力の二号』なら『技の一号』と呼ばれる仮面ライダー一号の本郷にかかっていくのを見ながら、隼人は素早く滝のノートパソコンを抱えて移動する。
 電話も電気もろくにないあの場所で、例えパソコンを持ち込めたとしてもたったこれだけのメールを送るのも本当は相当に大変なはずだ。知らず微笑みを形作る口元を抑えながら、隼人は素早くメールの返信を書いた。


『真美さん
 丁度滝の後ろにいた隼人です。25日からなら俺も滝も日本にいるから、滝のパソコンか携帯に連絡を!』



 書くだけ書いてさっと送信し、隼人はぱたんと滝のパソコンを閉じる。
「てめ、いちもんじっ!なに人のパソコン勝手にいじってんだよ!」
 本郷に関節技を決めていた滝が気付いたようで振り返って怒鳴り声を上げた。
「けちけちすんなよ、心配しなくってもブリジットちゃんへのラブレターを改竄したりしてねぇよ」
「てめ、なに人のメール勝手に覗いてやがんだー!!」

 隼人がノートパソコンを確保して待避していたソファの影に背もたれを飛び越えて滝が流れ込み、危ねぇパソコン壊れるって!と滝のパソコンを慌てて避難させながら、隼人は声を立てて笑った。

 あの場所に置いてきた赤のマフラーを巻いていなくても、寒いことなどないのだと思念を送ると、伝わったのか本郷がご馳走様、と小さく呟いて肩をすくめているのが見えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



2:『居場所のないシンデレラ』



「真美さーん!」

 待ち合わせ場所で隼人が手を振ると、人混みの中で所在なげだった真美はホッとしたように手を振った。

「隼人さん」
「ワリワリ、ちょっと遅れたかな」
「ううん、私もさっき着いたところだから」
 微笑む彼女に少し頬を掻き、隼人が呟く。
「滝をまくのに手間取ってさー…」
「え?滝さん?」
「いや、まぁ、なんでもない」

 誤魔化すような照れ笑いを一つ浮かべ、隼人は真美をじっと眺めた。白衣ではない彼女を見るのは初めてだったし、それに。
「スカートとか持ってたんだな、真美さん」
「隼人さん、私をどんな風に思ってたの?」

 少しむくれたような顔をする真美は、長い髪を後ろで素っ気なく括ったままであるのには変わりがなかったが、きちんと化粧をしてお洒落をした姿は別人のようでもあって、隼人は照れ隠しか帽子を目深に被り、行こうかと促す。
 白くて細い首に巻かれた、自分の渡した赤い布が眩しかった。
 頷いて歩き出しながら、真美が不思議そうに隼人に尋ねる。

「そういえば、どうして連絡は滝さん経由だったの?」
「そりゃ、滝の方がマメだから。俺も滝も今知り合いのうちに一緒にいるし」
 その言葉に、納得したように真美が頷いた。
「前に滝さんから聞いたわ、本郷さん、て方のお宅よね。ガモン共和国で会った、物静かそうな人」
「知ってたか」
 くそう、滝のヤツなんでも喋ってやがるな、とぼやきながら隼人が言う。
「ええ、あなたの無二の親友ですって」
「滝もな」
 にかっと微笑んで隼人は嬉しそうに本郷と滝の話を始める。

「あの二人が居なかったら俺は戦えていないよ」
「あの、風見さんていう方は、後輩だって言ってたけど」
 その言葉に、隼人がちょっと目を見開く。
「お、良く覚えてるね。男前だったからか?」
「ものすごーく、無愛想な人だったけど」
「ああ、アレはあいつの病気みないなもんだ、勘弁してやってくれ」

 そんな風に言ってから、ところで、と真美を振り返る。

「俺もあんまり日本には居ないんだけど、どこに行きたい?一応幾つか面白そうな場所聞いてきたんだけど、どんなところが好きか分かんなくてさ」
 その言葉に、真美も戸惑ったように首を振った。
「私も四年ぶりの日本だから、さっぱり…」
「なんだ、同じ今浦島か」
 苦笑しながら隼人がそれじゃ、取り敢えずメシでも食いに行きますか、と真美に提案する。確かに、海外ボランティアでずっと東南アジアの小国に派遣医師として出ていったきりの真美が日本の情勢に詳しい訳もあるまい。
 隼人も暫く一緒にいたから知っている、電気やガスはおろか、日常生活物資も乏しいような、あの場所で。戦争に家族を奪われ、笑顔を失った子供達を抱えて彼女は一人で強く前を向いていた。
 戦場カメラマンとして、子供達の写真を撮り続けていた隼人はその中で彼女と出会い、きな臭い戦場と微笑まない子供達を振り払うことが出来なくてそのままそこに居着いたのだ。


 この戦いが始まる直前まで。


「この、国は」
「え?」

 考え事に耽っていた隼人は真美の言葉に気付くのが遅れた。真美の呟きは小さい物だったが、隼人の常人よりも遙かに良い聴力を備えた耳はどんな小さな呟きでも聞き取ることができる。
 不意に二人の間の空気が変わり、敏感に感じた隼人が彼女を振り向いた。真美は俯いていた。
「……真美さん?」
 暫くして顔を上げ、真美が隼人を振り仰いで、困ったような微笑みを浮かべた。
「この国は、なんだか穏やかすぎて、落ち着かないの。おかしいかしら」
 言った後、真美はおかしいわよね、と苦笑する。
「両親や友人は、ガモン共和国に長く良すぎた所為だって、私の国はあそこじゃなくて日本だからね、って」
「真美さん」
「子供達、元気にしてるかしら」

 ねぇ、隼人さん。

 良いながら真美は首筋の赤い布に触れる。
 その所在なげな仕草に、不意に隼人は彼女も自分もこの国ではストレンジャーなのかという想像をした。ガモン共和国に居たときは化粧っけも色気も何もなく、隼人さえびしびし叱りとばす程気が強くて快活だった彼女。

 この国は、彼女の場所ではないのだろうか?

 野の花は、野にあるように咲かせるのが一番ではないのだろうか。

 そこまでで、隼人は自分の思考を振り払う。
「滝や本郷に知られたら、柄じゃねぇって笑われそうだな」
 隼人の言葉の方は、真美には聞こえなかったようであった。
「あ、そういえば…これ、返さなくても良かったのかしら?」
「ああ、そいつは子供達と…真美さんに、渡したもんだ。俺があそこにまた帰る時のために。今回なんかフライングだろ、もう暫く預かっといてくれよ、良かったら」
「ありがとう」
 真美は微笑み、私もお腹が空いていたの、四年前の記憶で良かったら、美味しいお店があったはずだからそこに行かない?と隼人を促した。


◇◆◇◆◇◆◇◆




3:『HERO』



「日本って、いつ来ても思うけど食い物美味いよなぁ。初めて来たときは感動したよ、俺」

 真美が案内した店は変わり続ける東京の街並みの中でも幸いにしてまだ営業を続けており、無事質量備えた昼食にありついた隼人は運ばれてきた料理を口にして幸せそうな溜息を洩らした。その言葉に、え?と真美が目を丸くする。
「隼人さんて、日本人よね?」
 その不思議そうな言葉に、今度は隼人が首を傾げる。

「あれ?滝から聞いてなかった?俺、イギリス生まれのイギリス育ちよ?生粋のちゃきちゃきのロンドンっ子よ?」

 日本国籍だけど東京弁よりコックニーの方が得意なんだぜと言われ、真美は目を丸くした。
 普段IQ600の天才である本郷の相棒であるだけに目立ちはしないが、隼人は日、英、仏、独、中の五カ国語はぺらぺらの生粋の帰国子女で、優秀さはそこらの人間に引けは取らない。FBI捜査官である滝もそうであるが、一号ライダーの本郷の経歴が派手すぎて目立たないのだ。
「知らなかった…」
「大学までロンドンに居たからな、どっちかというと日本語の方がちょい不自由かも」
 呆気に取られたように呟く真美にウィンクをしてみせながら、隼人はうん、美味いとパスタを口に運ぶ。
「知ってるかー?イギリスってパスタはぐずぐずになるまで煮込むんだよ。俺はもう慣れたけど、本郷は初めてヨーロッパに行ったときショックで日本に帰りたくなったそうだぜ?ところが、滝は同じく茹ですぎパスタ圏のアメリカ生まれのアメリカ育ちだから、うちじゃパスタの茹で加減でいつも諍いが起こるのさ」
 友人達の気安いエピソードを幾つか披露しながら、隼人は屈託無くけらけら笑い続けている。

 真美は併せて微笑んだ。

 基本的にあまり他人の内面に踏み込むことを良しとしない彼女は、ガモン共和国で隼人に出会ったときもふらりとやって来て居着いた彼の経歴も過去もなんでここに居るのかも、一切聞かなかった。その不干渉の理解が心地よくて、隼人もついつい長居を決め込んだのだ。

 そう、あの事件が起こるまで、自分が改造人間で、仮面ライダーなのだと彼女たちに知れるまでは。

 とはいえ、あの場所から石持って追われた訳ではない。単に、より大きな悪の存在に、留まることを許されなかっただけだ。隼人は仮面ライダーであり、正義の味方となることを自らに課した存在なのだから。
 あの日、ショッカーという組織によって仮面ライダー一号、つまり本郷を倒すために攫われて改造手術を受け、望みもしなかった不死身の機械の体にされて。脳幹を弄られる前に辛くも本郷に助けられて脱出し、すまないと、自分と関わり合ったばかりにと悲嘆に暮れる親友の前で、自分もヒーローになると誓った。

 ふと、バイクに乗るための革手袋をはめたままの手の甲を撫でる。
 この手は、仮面ライダーに変身したときは赤い手袋を付けている。彼女の記憶の中では、始め頃は血に濡れた赤い手袋の化け物として刻まれていただろう、自分の―――…

「隼人さん?」

 名前を呼ばれ、隼人は我に返った。
「ワリ、聞いてなかった。なに?」
「もう、上の空なんだから。あのね、隼人さんがあの国で撮った子供達の写真って見せて貰えないかしらと思ったの…持ってないかしら」
 言われて、隼人はああ、と言いながらグラスに入ったワインを口に運ぶ。
「現像したけど、殆どロンドンに借りてる倉庫に入れたままだなぁ、あそこが一番状態がいいから」
「そうか、残念」
「良かったら、滝にメールで送らせるよ」
 その言葉に、真美が小さく眉を顰める。
「また滝さん?」
「いいじゃん、あいつ実にそういうのマメよ?何てったって本郷と俺の親友なんだから」

 俺と違って、と笑いながら言う隼人に、真美が僅かだけ複雑そうな顔をした。







「家まで送るよ」

 俺のバイクの後ろは基本的に女は乗せないんだけど、今日はトクベツに、とサイクロンを示す隼人に、真美は小さく首を振った。
「いいの、まだ、電車があるから」
「遠慮すんなって。俺は運転そこらのレーサーなんかよりよっぽど上手いぜ?」
 だから心配は要らない、と続ける隼人の目の前に、真美がすっと何かを差し出した。きょとんとして隼人が視線を落とし、さっと表情を固くする。
「真美、…さん」
「隼人さん、今日は私もとても楽しかった、ありがとう。でも、気遣いなら要らないわ。子供達にはいつでも会いに来て。私はきっと、これから先もあの場所で居るでしょうから。困ったことがあれば、滝さんに言ってあなたでも、他の仮面ライダーの人でも、助けに来て貰うわ。心配は要らない」
「……」
 隼人は黙ったまま、差し出された赤いマフラーを眺めていた。何かを決めたように、真美が顔を上げる。

「さようなら。あなたは子供達の、みんなのヒーローだけど、でも」

 言って、にっこりと笑う。

「ガモン共和国で怪人から私を助けてくれたのも、子供達に笑顔を取り戻してくれたのも、あの国に迷いながら、無力感を抱きながら留まっていた私を、奮い立たせてくれたのも、みんな」

 呟きながらさらりと名残惜しそうに赤いマフラーをもう一度撫でて、ゆっくりと隼人の手の上に乗せる。

「みんな、一文字隼人、という人よ。仮面ライダーという名前の英雄じゃない、一号ライダーの相棒で、滝さんの頼りになる親友の…」

 でも、とそこで一度言葉を切る。
「私はそれ以上のあなたのことを何も知らない。けれど、知りたいと思うのは、みんなのヒーローであるあなたには失礼な事よね」
 苦笑気味の笑顔で言い、立ち尽くす隼人を置き去りにするかのように一歩、二歩と後ろに下がる。
「だから、隼人さんも、そんな風に私に距離を取らないで。勘違いはしないけれど、あなたに自分だけが、隼人さんだけが凄いんじゃないと教えられるほど馬鹿な女で居たくもないの。だからそれは返すわ。遠慮なく仮面ライダーとして会いに来て。でもね」
 白い指がゆっくりと上がって胸の辺りを指すのを、彼女の表情がガモン共和国でどんな辛い目に遭っていた時でも見せたことのない透明な無力感に囚われていくのを隼人は、映画でも見ているようなスローモーションで眺める。

「私のヒーローは、あなただけ」

 それだけはあなたでも変えられないのよ、ごめんなさい。続く呟きは殆ど音になっては居なかった。

 視力なんか、聴力も、強化されていなければ良かった、と隼人は呆然としたまま駅に向かう雑踏に消えてゆく彼女の後ろ姿を眺めながら思っていた。

 そうすれば、彼女の押し殺した泣き声も、振り返るときに眦に浮かんでいた涙にも気付かない鈍感なだけの男で居ることが出来たのに。


 その晩、帰宅してすぐに本日の首尾を聞かれて馬鹿正直に薄笑いまで付けて答え、なんで後を追わなかったんだこのバカヤロウ!と滝に張り飛ばされたのは、隼人なりの自分への制裁だったのかもしれなかった。本郷の見透かしたような溜息は意地でも聞かない振りをした。







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+++To be Continued.

 

 

仮面ライダーSPIRITS、しかも昭和のライダー、仮面ライダー二号・一文字隼人と、
コミックスで彼との絡みのある女医の真美先生の話です(またマニアックなカップリングを)
「たった一人の戦場」という話ですが、一文字の顔に改造手術の傷跡が浮かび上がりながら変身するシーンは
感動ものですよ!!マジで!!

 

+++ back +++