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風見志郎はV3、と呼ばれるいわゆる正義の味方、仮面ライダーに変身するヒトである。
あんまりヒトだヒトだと繰り返すと、改造人間である、という彼のコンプレックスを刺激することになるので大きな声では繰り返さない方がいいのだけれども。
「どうした?俺の顔になにか着いてでもいるのか」
あんまりぼうっと見とれていた所為か、遂に風見さんにそう突っ込まれてしまった。慌てて目線を風見さんの整った顔からテーブルの上のコーヒーカップに戻す。
「ううん、そんなんじゃないけど」
言ったけれど風見さんは疑わしそうに顔面を撫で回している。…ああ、失敗した。五感だけじゃなくて勘も異様にいいのよね、この人。
周囲は彼のことをクールだ寡黙だと言うけれど、それは単に無愛想なだけで、本当はクールなんて単語とは対極の性格をしているヒトでもある。
最近、立花レーシングクラブに顔を出し始めた私としては(目的は勿論バイク…ではなく、風見さんだ)、早くもうちょっとうち解けて貰いたいのだけれど、警戒心が強いのかなかなかそうもいかない。
風見さんが、仮面ライダーV3であるということは、暫く前に友人と二人、変なお化けに襲われて、危ないところだったのを助けて貰ったときに知った。本当は知られたくなかったようだけれど、状況が切羽詰まっていたので私達の目の前で変身せざるを得なかったようだ。
翌日、立花レーシングクラブのオーナーが経営する『喫茶アミーゴ』にアルバイトとして入り込んだ私に、まぁ、確かに風見さんがいい顔をするはずもないのだけれど。
『今日からここでアルバイトをさせて貰うことになった、です、宜しくお願いします』
そう言ったときに、苦虫を噛み潰したような顔をしていたもの。
それはともかく、風見さんは確かに愛想は悪いけれど、正義の味方らしく心根は真っ直ぐなヒトなので、私がアミーゴでアルバイトを続けても、別段何も言いはしなかった。だから私も、時間をかけてゆっくり仲良くなろうと心に決めていたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「え?」
「どうしたんだ、」
ある日、バイトを終わって帰り支度を始めていた私が丁度鳴った携帯電話を見て声を上げたので、マスターの「オヤッサン」(お客さんはみんなこう呼ぶ)こと立花さんが声をかけてきた。
私の視線は、携帯電話のディスプレイに釘付けになっていた。そこには母親からのメールが届いていたのだが。
「あの、私、姉が高い熱を出したそうなので、片付け途中なんですけれど、先に帰っていいですか?」
聞くと、立花さんはそりゃ大変だ、早く帰りなさいと私を急き立てる。
「後はやっておくから」
「すいません、次の時にきちんとお手伝いしますから!」
ぺこりと頭を下げて、慌てて店を出る。お店から、私の家の方向の電車の出る最寄りの駅までは十分くらいかかり、私は時計と睨めっこをしながら取るものもとりあえず走り続けていた。
「大丈夫なのかしら、お母さんとお姉ちゃん…」
呟きながら最後の角を曲がったところで、前から来る人影にぶつかって、尻餅をつかされる。
「あ、すいません!」
「許せないな」
思いがけない言葉と聞いたこともないような嗄れた声に驚いて顔を上げて、―――私は絶句した。
そこには、以前見かけたような妙な姿の化け物が立ちはだかっていたのだ。
悲鳴を上げようとして、余りのことに息が詰まって失敗する。口元を手で押さえて目を見開いていると、そのへんなお化けが私の方に向かって手を伸ばしてきたので、私は慌てて来た道を引き返そうと振り返って逃げ出した。
「クククク、逃げようなどとしても無駄だ、ちょうど手頃な怪人の素体を探していたのだ、お前に輝かしい未来を与えてやろう」
冗談じゃない!
お化けは悦に入ったように背後で解説を続けているけれど、これは私程度なんかいつでも捕まえられるから、ということだろう。
兎に角、アミーゴまで帰れば風見さんが、仮面ライダーが居るはず…!!
それまで逃げればいい、と思いながら走り出した私の頭の中に、ふと一つの考えが浮かんだ。この怪人は、こんな所まで出没するということは、仮面ライダーの居場所が立花レーシングクラブだと知っているのかしら、それとも偶然?
もしも偶然なら、みすみす敵を味方の陣地に連れて行ってしまうことになる。
どうしよう、と思った私の足が一瞬鈍る。
その隙に、後ろから狩りの獲物で遊ぶような調子で追い掛けてきていた化け物に追いつかれてしまった。
「ヘッヘッヘ、どうした、鬼ごっこはおしまいか?」
では諦めて捕まるか、そんな声が下卑た笑い声と共に聞こえてきて、真後ろまで近付いた怪人の手が肩に食い込むのが感じられる。
「――――――――!!」
悲鳴は、最後まで声にならなかった。風見さん、という言葉を必死で呑み込んだ所為だ。
その時、信じられない声が耳に飛び込んでくる。
「俺のに手を出さないで貰おうか」
そんな台詞と共に、私の肩に掛かっていた腕が勢い良く跳ね上げられ、私は前につんのめって、しっかりした腕に支えられ、思わずしがみつく。
一瞬何が何だか分からなかったけれど、すぐに状況を理解して、もっと驚くことになった。
だってそこにいて、私を助けてくれたのは。
「かざみ、…さん」
つっかえそうになりながら名前を呼ぶと、風見さんは相変わらずの愛想の無さで頷いた。
「大丈夫か、。オヤッサンに言われて忘れ物を届けようと追ってきたんだが、危ないところだったな」
風見さんは私を後ろに下がらせると、自分はバイクにひらりと跨った。
「貴様、何者だ!!」
腕を蹴り上げるか捻り上げるかされて、獲物を逃がされた怪人が悔しげに叫ぶ。風見さんはハリケーンの上で立ち上がると、腕を頭上に上げた。
「変・身、V3―――――――――!!!!!!!!!」
その後、V3反転キックで怪人が一発で消え去ったことは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「また、助けてもらって、ありがとうございました」
仮面ライダーの姿からいつもの姿に戻った風見さんに頭を下げる。風見さんは素っ気なくいや、別に、と手を振った。
「これが俺の仕事だから、気にすることはない」
それで大丈夫か、怪我はないか、と言われて私が頷くと、風見さんはポケットから何かを取りだして私に差し出した。
「ほら、、アミーゴに財布を忘れて行っただろう。こいつのお陰で命拾いしたな」
「…ええ」
苦笑して財布を受け取る。そそっかしいのは私の欠点だけれど、今回だけは財布を忘れた自分に感謝したかった。
その後で、急にさっきの風見さんの台詞を思い出す。…確かに、『俺のに』って、言ったわよね、風見さん。
私は恐る恐る尋ねてみることにした。
「あの、風見さん」
「なんだ」
「助けて頂いたのはとても嬉しいんですけど、あの、その前に言っていたのって…」
おずおずと問いかける私に向かって、風見さんは首を傾げる。
「何か、おかしなことを言っただろうか、俺は?」
余りにも不思議そうな顔をしているので、思わず恥ずかしいのも忘れて誤魔化さずに続けて聞いてしまう。
「だって、俺の、って…」
その言葉に、ああ、と風見さんが頷く。
「”俺の所属している立花レーシングクラブのオヤッサンが経営している喫茶アミーゴでアルバイトをしている”じゃ長いだろう。いい加減に短縮しただけだが」
一気に気合いが抜ける。
「そ、そういう短縮をしないでください!」
言いながら、あまりの勘違いに顔から火が出そうになった。ああ、風見さんの事だからどうせこんなことだろうとは思っていたけれど、それにしたって…!!
言葉に詰まっていると、風見さんがぽんと予備のヘルメットを投げてくれた。
「?」
「被れ。…送っていく」
言い捨てるように素っ気なく言うと、風見さんはさっさとバイクに乗る。
「早くしろ、ぼっとしてるんじゃない」
「は、はい!」
促されて、それこそ慌てて風見さんの後ろに乗る。―――すぐにバイクはスタートした。
「しっかり俺に捕まっていろよ、」
そんな風に言われても、ただ頷くことしかできない。日が暮れてきて寒くなったので、それを口実にもっと風見さんの背中に顔を寄せる。
夕陽が当たって、燃えるように背中が熱かった。
しがみつくあなたの背中も。
バイクの音でも消えない、背中に耳を当ててたときの音をいつまでも忘れないで居ようと思った。
そして多分、初めてはっきりと、私はこの人の事が好きなのかもしれない、と。
そう、思ったのだった。
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+++END.
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