■AFTER SUSPICION
 その日は全日本のメンバーが再び全員集合しての再発足のパーティであった。マズコミ関係者の海の中を伊武を初めとする全日本メンバーが泳いでいる、という感じではあったが…もちろん、高杉和也も着慣れないスーツで(どうやら某魔術師のように犬かきで)あっぷあっぷしている。あちこちでマイクを向けられ、捕まえられて良く分かりもしない偉い人の前に引き出され…料理もろくに食べられず、和也は心底帰りたかった。

「はー、しんだー…」

「おっ、全日本の若きエースのお帰りやないか。」

「たーくまぁぁ〜〜〜〜〜。」

 どうにか騎馬拓馬と磯野タクローのエスケープしている一角にたどり着く。

「あれ?かおるさっきまでここにいたんじゃないの?」

「あいつがこんな所にいつまでもおるかい。水に入った魚みたいやぞ。」

 拓馬の指差した先では、先ほどまで小休止とばかりにこの場所で喉を潤していた緑川かおるがここぞとばかりに人の輪の中心を華麗に飛び回っている。キャプテンである伊武剣介も別の意味で人に取り囲まれていた。

「はい、おつかれ。」

 横合いから氷入りの水のグラスが差し出される。

「サンキュ。」

 受け取りながらそちらを向くと、ノースリーブのミニのワンピースを着て首にスカーフを巻いた愛子が立っていた。一瞬、その肩に目が釘付けになる自分に活を入れながら和也が言う。

「お前…居たのか?」

「実はね。本当は、騎馬選手と巻園選手のコメントを取ってこい、って言われてるんだけど…」

 人が多くって。と苦笑する。

「構わへんのとちゃう?俺ここに居てるし。」

「…という訳で、逃げてきてるの。巻園さんのコメントは取れたしね。」

「…俺には?」

 そういやこいつ、ニッポン放送のレポーターだっけ、と思いつつ和也が自分を指す。

「それは別の若手の子が、是非にって言うから。後でぴちぴちの若いおねーさんが来るんじゃない?」

 愛子が笑ってみせる。げっ、と和也が首をすくめた。愛子の左手の薬指には銀色の細いリングがはまっていて、それを見つけてこそばゆい気持ちになる。拓馬が気づいて苦笑した。

「なんや、旦那の方は指輪しとれへんのか。」

「してるよ、ちゃんと…あれ?」

 和也のそれはあるべき場所にない。

「……今朝、顔を洗うときに外したでしょ。そのまんまになってたわよ…」

 慌てる和也に愛子が告げた。拓馬が相変わらずボケてんなぁ、と茶化す。

「あっ、居た居た!騎馬選手ー!!」

 その時、何人かの記者が走り寄ってきた。先ほどまでかおるの回りにいた集団である。マイクを突きつけられ、拓馬が及び腰になった。

「来季からスペインリーグの方へ移籍なさるそうですね?!」

「…ええ、まぁ…」

「その抱負や今の心境をお聞かせください!!」

 親友の筈の和也はしっかりやれよ拓馬ー、と呟きつつ愛子を連れて逃げ出す。タクローも同じ集団によって捕獲されていた。

「磯野選手、イタリアに行かれるそうですね!!」

「そうバイ。」

「今年の一大ニュースといえばやはりそれですか!!」

「いいや、マネージャーが結婚してしもうたバイ。キャプテンと…(泣)」

「…はぁ?」

 後も見ずに逃げた和也に付いていった愛子だが、その答えには思わずコケてしまった。イタリアリーグよりそっちが大ニュースとは、いかにもタクローらしい。ちなみに、タクローの移籍先は和也と同じフィオレンティーナに決定している。

「甘崎選手〜!!」

 ホールの向こうの方では美形で有名な甘崎が同じくフランス移籍の報を聞きつけた記者によって取り巻かれていた。元リザーブ・ドッグズのメンバーのほとんどがこの短期間のうちに海外移籍を発表している。このような場があれば当然話題はそのことに集中するだろう。愛子はそっと和也から離れた。次にインタビューの嵐を受けるのはおそらく和也であろうから、自分がひっついていてはマズイと思ったのだ。

 ニッポン放送のクルーが駐在するブースへ戻る。先輩アナウンサーのモロ岡が苦笑しながらお疲れ、と労ってくれた。

「今、甘崎選手がインタビューされてるよ。…お、終わったかな。ああ、愛子ちゃん、次の獲物は高杉選手だよ。」

 モニターを覗き込むと、やはり次の餌食は和也だったようだ。

「おーおー。捕まった。」

 インタビューの終わった拓馬とタクローもモニターを見に来る。

「モロ岡さん、久しぶりタイ!」

「おっ、タクロー君。そこに果物があるの食べても良いよ。」

「おおっ」

 タクローの方はすぐにスタッフが用意(自分たちの為に)してあった菓子の山に飛びついた。

『高杉選手にも、今年は一大ニュースがありましたね!!』

 甲高い声の女性レポーターがマイクを突き出す。辟易していた和也は、それでパニック状態に陥ったらしかった。

『はぁ?!』

『またまたとぼけて。人生の一大転換期があったじゃないですか!!』

「あーあー。完全にパニクっとるわ。」

 拓馬が面白そうにモニターを見つめる。

「高杉選手、ほんっと駄目だからね、こういうの。」

 モロ岡が多少同情して言う。画面の中の和也はしばらく頭を捻っていたが、やがて何かひらめいたように「ああ!」と言った。

「反応遅かねー、ニーちゃん。」

 タクローまでが酷いことを言う。しかし、和也が正真正銘のド天然であることを披露したのはその次の瞬間であった。

「みんな、知ってたんですか?ニュース早いんですねぇ。」

 女性レポーターが何を今更、という表情になる。

「当たり前です、知らない人なんてイマセンよ。さ、マイクに向かって改めて告白してください。」

 和也は苦笑しながら……

「俺、結婚したんです。」

 と、かました。


 愛子は突っ伏し、拓馬は「あのバカ…」と天を仰いだ。モロ岡は蒼くなり、タクローは大受けしている。

「ああああ高杉選手〜〜イタリア移籍のことに決まってるのに〜〜〜」

 モロ岡がぼやく。

「森口…いや、奥さん。逃げた方がええんちゃうか?」

 拓馬が呟く。

「…そう、しよっかなー…」

 パーティ会場は和也の爆弾結婚宣言を受けて蜂の巣をつついたような騒ぎである。和也は更なる「いつ?!」「相手は誰?!!」等の質問の嵐に、目を白黒させている。

「チーフぅ。俺ら絶対上に怒られますよ〜、何で報告しなかったんだって。」

「本当だなぁ…いっそ知らなかった事にでもしとくか?」

 ニッポン放送のクルー達がぼやく。そこへ

「旦那が天然だと嫁さんも大変だな。」

「全くだ。」

 と言いながら末次と桜庭もやって来た。向こうから愛子の姿を見つけたらしい。

「あーあ、高杉のヤツ明日から大変だ。…だから直前まで内緒にしとこうって言ったのに。」

「…すいません、よーく言い聞かせときます……」

「ホンマや森口。あんまり甘やかすな。調教せぇ。びしっと躾せぇや。」

「…騎馬クンまで〜〜〜」

「何?そんな甘やかされてんの、高杉。」

「ニーちゃん家ではでっかい子供バイ!」

「た、タクロー君!!!」

 ニッポン放送の取材陣の周りだけは周囲の騒ぎから隔絶したほのぼのとした空気が流れていた。


 一方そのころ、和也は困っていた。

 だって、人生の転換期なんて言うから。

 ばれてるっていうから、てっきり……

 

 あまりのことに怒る気力も失せた賀茂監督に代わり、和也が伊武にこってり油を絞られる羽目になるのは翌日のことである。

 

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