『ピーターパン症候群』

U:埋め立て地のロストガール



「お見合い?!」

 郷里からの電話に、私は思わず声を上げてしまった。

『そうよ。あんたも警察官なんて危ない仕事いつまでもしてないで、さっさと辞めて帰ってきなさい。』
 前にも変な男に怪我させられたし、今度は撃たれたっていうじゃない!と電話口の母は半泣きだった。

 そりゃそうか。

 でも、こうなるから言ってなかったのに誰がチクったんだろう…
 と色々思いめぐらせているうちに断るタイミングを逸し、
 私は結局の所、その「見合い写真」とやらを一応受け取って見ることになってしまった。



「おはよう。」
「あ、オハヨ。」

 何となく寝不足みたいに重い頭を抱えながら出勤すると、すぐに後ろの席の青島君が声をかけてきた。

「すみれさん、昨日の事件なんだけどさ、新聞見た?
 絶対おかしいよね、あの犯人に対する本店の対応がさー…。」
 待ってましたとばかりに熱い青島節を開始する。
 いつもならはいはいと軽く相槌でも打ちながら流すのだけれど、生憎今日は虫の居所が悪い。

 そりゃあんたは脱サラしてまで就きたかった愛しの職業”お巡りさん”でしょうがよ!
 毎日楽しくて結構です事。
 でもね。
 年齢的にも体力的にも性別的にもこちとら限界ってものがあるのよあんたと違って!

 なんて脳天気な同僚に八つ当たりのむかっ腹を立てていたら、
 それは顔にもばっちり出ていたらしい。

「すみれさん…なんか、機嫌悪い?」
 とか言われてしまった。
「…そーよ、悪い?」
 開き直ってそう言ったら、青島君は首を傾げてあろう事か一言。
「もしかして、すみれさん…一応女の人だし、”あの…”」
「青島刑事、セクハラ容疑の現行犯で確保します。」
 デスクの上からたまたま置いてあった手錠を取り上げて鳴らすと
 青島君がゴメン!と言いながら飛び上がる。

「や、機嫌の悪いすみれさんて珍しいからさ。なんかやな事でもあった?」
「別に。」
 言いながら鞄の中から昨日空ける暇のないまま突っ込んできた郵便物の束を取り出し、
 鋏と磁石を使い分けながら一つずつ開封していく。
 一際目立つ大きな封筒に一応磁石を近づけて金属なんかが入っていないのを確認した後、
 開封したところでその事件は出来した。

 中から出てきたのは、どう見ても見合い写真としか思えないファイル。

 どうやらうちの母親は、前もって送りつけてから電話をかけてきていたらしい。
…後から送ると警戒すると思ったのね。我が母親ながら姑息なんだから。
 ため息を付きながら中も見ずに封筒に戻そうとしたのに、
 うっかりと後ろの好奇心旺盛な刑事に見つかってしまった。

「すみれさん、それ。」
 振り向くと、くるんと大きな目を剥いて驚いたように封筒を指差している。
 なんだか大型犬みたい。
「なに?」
「それ、まさかお見合い写真?!」

 素っ頓狂な声に、部屋の中の全員が私たちの方を振り向く。
 ちょ、ちょっと!!…あーもう、相変わらず配慮ってものが出来ない男ねっ!!

「……そーよ。」

 途端に、部屋中をどよめきが走り抜ける。
 課長が非常に嬉しそうにデスクで手を叩いた。
「恩田君、良かったじゃないか!昔から娘は貰ってくれるところに出せって言うだろう?」
「…どういう意味ですか、課長。」
 じろりと睨むと慌てて向こうを向く。ああもう、どいつもこいつも!!

 ホントにお見合いしてやろうかしら。

 こちらを伺う青島君の視線をひと睨みして、
 私はお見合い写真を乱暴に自分の机の引き出しにしまった。



 昼休み。

 なんだかすっきりしない気分のまま、私は前の事件の聞き込み調査からの帰途についていた。
 手にはコンビニの袋。美味しいお店レーダーを働かせ、どこかの店に入る気力は今日はない。

 もし、ホントにお見合いして郷里に帰ったら、みんな少しは困るかな。
 恩田刑事が居なくて大変、とか……別に、感謝されたいわけじゃないけど。
 この仕事好きだし、誇りも持っている。
 だけど。

 その時だった。
「すみれさんっ!!!」
 背後からの聞き慣れた叫び声に、私は驚いて足を止める。

「…青島君?」

 振り向いた私の視界には、こちらに走ってくる若い男と、
 更にその後ろから全力疾走中の青島君の姿。
 青島君が必死に叫ぶ。

「すーみーれーさん!その男捕まえてその男っ!!」
「え、ええ?!」
「そいつ!こないだの強盗事件の容疑者!お願い!!大丈夫!武器持ってないから!!」
「ちょっ…。」

 そんなこと急に言われても!と思いながら、私は反射的に走ってくる男の足下に向けて足を出していた。
 男が思いっきり蹴躓き、転倒する。素早くその背中の上に体重をかけ、腕を後ろにねじり上げた。

「大人しくしなさい!!」

 叫んでから、ここまでの動作をほぼ無意識に行っている自分に気付き、ちょっと苦笑する。
 骨の髄まで警察根性が染み込んでない?私。

 追いついてきた青島君が、はぁはぁと息を切らせながら私から被疑者を受け継ぐ。

「サンキュー、すみれさん、助かった!!」
「いいえ。」

 後を青島君に任せることにして私は立ち上がってほこりを払い、先に署に帰るから、と彼に声をかける。
 男に手錠をかけるのに忙しかった青島君は私の方に顔だけ振り向け、にっこりと微笑んだ。
「すみれさん、ナイス確保。嫁に行ったら旦那さん大変だろうね?」
「…どうせ骨の髄まで警察官よ、私は。」

 流石にちょっとむっとする拗ねた口調の私に、青島君は微笑みながら続けた。

「うん、だからさ、すみれさんはさ、仕事してんのが一番カッコイイよ。
 俺、保証する。だから刑事辞めないでよ。ね?」

 私は絶句した。

 そんな…。

 署に帰るまでの道々、私はずっと彼の言葉を反芻していた。

 あんたは一緒に走れって言うのね、同じ速度で。
 そうじゃないと青島くんの眼中に入らないことはよーく知ってるけど。
 室井さん、室井さんって。尻尾振ってる犬みたいに、同じ目的持ってる人のためなら
 忠犬みたいによく付いていきますこと。

 例え、自分の信念を曲げてでも、室井さんに応える青島くんを知っている。

 あーあ。

「取りあえず、あの子供みたいなバカにだけは一生惚れたくないわ。」
 ろくな事になりゃしないんだから。
 呟きながら、私は見合い写真から中身だけひっぺがしてシュレッダーに突っ込んだ。
 外側は燃えないゴミへ。不燃物の仕分けにうるさいのようちの署。

「恩田君、ちょっとちょっとー!!」
「はーい!!」
 向こうで私を呼ぶ声がする。よっしゃ、行きますか。

 全く、ネバーランドだわよ湾岸署は。
 バカでも楽しい所だったらないわ。

 彼のあの営業スマイルとセールストークに乗せられて、みんなここにいる。
 思えば遠くへ来たもんだと、そんな感慨をする暇も与えられないまま。
 疾走するジェットコースターに乗せられて。

 深く深く溜息をつきながら、とうが立ったウェンディはここでもうしばらく楽しむために、
 栄養補給だわとばりばりカップラーメンの蓋を剥がした。

「やっぱり愛してるわ。」

 気が狂うくらい。……ね。

 そうでしょ?青島君。


映画二弾の後くらいのお話パート2.
青すみです。青すみですってば青すみなんです!(力説)
本人はそのつもりです、少なくとも(笑)



 

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