『ピーターパン症候群』

T:携帯電話



「あ、室井さん、ケータイ貸してください、ケータイ。」

 青島が突然そんなことを言い出したので、私はポケットを探って携帯電話を取り出した。
「ほら。」
 差し出すと、しかし、青島は顔を顰める。
「いや、そんな捜査本部で配られたヤツじゃなくて…プライベートなやつですよ。」
「…何に使うんだ、そんなもの。」
「そんな警戒しないでくださいよ…。」
 信用ねぇなぁ、俺、とぶつぶつ言い出すのがうるさいので、
 鞄を開けて私用の携帯電話を取り出す。
 青島が目を剥いた。

「…電源切って、鞄に入れててどうするんです?」
「公務中だぞ。」
「…ケータイの意味、ないじゃないスか。」
「どうせ、私用の電話なんかかかってこない。」
 即答すると、まぁ室井さんらしいですけどね、と青島は肩をすくめ、
 私の手から電話を受け取った。
「…変わらないっすね、このケータイ。」
「そういえば、三代目だな。」
 呟くと、青島がこだわりですか?と苦笑する。
「さぁな。使い勝手が良かったんだろう。
 一度壊れたとき買いに行ったら機種が変わるだのなんだの言われたので、
 面倒くさいから店にあるだけ在庫を寄越せと言った。」
「…マジで。」
 三菱好きなんですか?と呟きながら青島の骨張った指が、
 案外器用にピ、ピ、ピ、と断続した電子音を立てる。
 何となくぼんやりとその鮮やかな指捌きを眺めていた。
 非日常的な光景だな、と思う。所轄の刑事が、私の携帯電話をいじくり回して遊んでいる。

 それは、つい先程解決したところのあの非現実的な事件のエピローグに相応しく思えた。
「お前、いつもこんな事ばっかりしているのか?」
「さぁ?」
 苛立たされることもないしばしの時間の後、青島がにっと笑って顔を上げる。
「できました。」
 手渡されたのは先ほどと変わらない携帯電話。
 思わずまじまじと見つめると、青島が苦笑する気配が伝わる。
「やだな、なんにもしてないっすよ。俺の携帯番号とメルアド入れたくらい。」
「メルアド?」
「…やってません?携帯メール。」
 首を縦に振ると、青島はまぁそんなこったろうと思ったけど、と大仰なため息をつく。
「それじゃ、覚えてくださいよ。室井さん、電話じゃ絶対捕まらないじゃないですか。」
 憤慨した青島による携帯メールに対する一通りの講義の後、奴は続ける。
 拗ねたような口調に、思わず反論する。
「そんなことはない。ちゃんと連絡は付くし…。」

 言い訳のような言葉を口にしつつ、
 なんでこいつに弁解しなくてはならないのだと思い当たって憮然とする。
 私の表情を面白そうに眺めながら、青島がきっぱりと言い放った。

「じゃ、ちゃんと覚えてくださいね。」
「必要を感じない。」
「必要にさせてみせます。」
 言い切って、青島はにやりと笑いながら持ち主の性格を表す
 あちこちかすり傷だらけの携帯電話を取り出す。
 
「室井さん、また近況送って下さい。俺も現場の画像とか送りますよ、写メールで。」
「…青島?」
「室井さん、どんどん偉くなって、これからも…先に行くでしょう?
 そうしたら、現場とはどんどん切り離されていくし、来られなくなるじゃないですか。」
「……。」
「だから、俺が教えます。一番に。送ります、現場からの風。」
 ショカツの記憶、忘れないでください、と続けられ、私はぐぅの音もでなかった。

「わかった。」
 一言返事をすると、青島がそうこなくちゃ、と微笑む。
「室井さん、これからも俺達チームですからね、上と下で頑張っていきましょうね。」
「誰がチームだ。」
「うわ、つれない。」
 これだもんなぁ、と苦笑する青島に笑いながら、私は先ほどからの疑問をぶつけてみた。

「…ところで、青島。」
「なんスか?」
「写メールって、なんだ?」

 次の瞬間の青島の表情はある意味特筆ものであったが、
 翌日から何とはなしに私用の携帯電話も電源を入れていた
 私にかかってきた青島からの着信メロディーが
 『仮面ライダー』になっていたことが判明したときの
 こちらの内心の冷や汗の量からすると、おあいこなのではないかと思う。


映画二弾の後くらいのお話だと思ってください。
日記に勢いで書き殴って吹き飛んで、やっとこさ書き直したという曰く付きの話です。
がんばれ青島ささやかな復讐(笑)
その気はなくても無自覚にラブラブ(?)な二人組。
対になる青すみ話がアップできるのはいつの日か…。
「ピーターパンシンドローム」とは、大人になりたくない大人、
という一種の病気みたいなもんです。



 

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