◇白と黒◇


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"Genius is one percent inspiration and ninety-nine percent perspiration. "



「で?今回の不首尾について報告して貰おうか。」

 何処か気怠げに、けれど真実を決して見逃すことのない厳しい口調で彼等の主が問う。

「救世主、どうかお聞き届け…。」
「うるさい、カエルオトコ。僕は『こいつに』訊いているのだ。お前の意見を容れるとは言っていない。」
 厳然と切り捨てられ、目前に額づいた男は震えた。

 身内に甘く、他人に厳しいと聞こえる松下一郎だが、だからといって寛容であるわけでもない。
 その有り余る才能で部下がへまをしても『どうにかしてしまう』というのがきっと本来の所だろう。
 信賞必罰、気性は静かに苛烈だ。決して激興しない。ただし、凪いだ水面の下には激しいほどの海流が流れている。

 絶対者とはかくも鮮やかに空白なのであろうか。
 普通の人間が動かされる情には絆されない。装うことはあるが。
 傷つけることに躊躇わない。時として己に対してすらも。

 甘いのではない、興味がないのだ。
 小物が、何をどうしようと、大局に影響のない限り。

 そうして。
 今、男はその滅多に発露しない松下一郎の逆鱗に触れていた。

 松下一郎の前には国外の一流メーカー製の陶器のカップが置かれている。
 その中の飲み物を一口彼が口にしたところから、今回の悲劇は始まったのだ。

+***+


 じろり、と改めて少年が目の前の男を睨み付けた。

「もう一度、お前に問う。」
 言いながら、細い指で机の上に置かれたままのカップを指さす。

「僕はコーヒーはブラックで、と言ったはずだ。何故このカップにはミルクが入っているんだ?」
 男は必死になって弁明した。
「ですから、知らなかったのです、メシアがコーヒーをブラックで召し上がることなど…。」
「いい加減にしろ、一回や二回なら入れ直せと言うだけで済ませてやったが、これで何回目だ?僕は阿呆と痴呆は大嫌いだ。」

 今すぐ魔法で動物に変えてやる、と呪文を紡ぎかけた救世主を、第一席にある腹心が慌てて制止する。
 こんな事で只でさえ減っている貴重な味方を失っては堪らない。

「メシア、お待ち下さい、こやつとて悪意が有ったわけでは…。」
 しかし、振り返った少年の視線には容赦がなかった。
「うるさいカエルオトコ。こいつがどんなに大それた事をしでかしたか理解できないのか?
 僕が一日の朝にコーヒーを飲まないと脳が目覚めて上手く活動しないのを知っているだろう?
 こいつの怠慢はそれだけ千年王国の実現を遅らせているんだぞ?極刑ものの行為に値する。」

 いや、それはちょっと大袈裟なのでは、メシア。

…というツッコミを、カエルオトコは筆頭使徒の貫禄で辛うじて呑み込んだ。

 その時、男が代わりに口を開く。
「お許し下さい、私が勝手にやったのです。メシアのお体に過剰なカフェインの摂取は返って毒になるかと勝手に私が加減したのです!」
 少年が男の方を振り返った。

「馬鹿な、人間がカフェインでは死ぬものか!」
「だって、メシアのお顔は毎日険しくなって行かれるし、目の下の隈は酷くなるし、これはきっとカフェインの摂りすぎで不眠でいらっしゃるのだろうと…!」

 ぴくり、下がり気味の松下一郎の目尻が微かに上がった。
 泣く子も黙る凶相に凄味のある微笑みを浮かべ、淡々とした口調で腕を上げる。

「…この顔はなぁ、生まれつきだ。」

 言葉と同時に、部屋の半分は一瞬にして消し飛んだ。

「ああっ!!メシアがご乱心なされた!」
「落ち着いてください、メシア、メシアーー!!」
「やかましいお前達、僕は普通だ!コーヒーの好みくらい自分で決めさせろ。」

 全く、こっちは地獄を巡って修行したりゲゲゲのなんたらつー強敵と戦ったり、34年ぶりに復活したり大変な思いをしているというのに。
 こいつらほんっとーに知らないとはいえ人のことを子供だなんだと過保護にしやがって!
 救世主辞めるぞ僕ぁ!

 生年月日入れりゃ僕ぁもう本当は40歳超えてるんだよ!選挙権もあるんだよ!
 実戦経験も魔法の腕も知識もお前達より遙かに上なんだよ!!
 立派な大人なんだ!!と。

 言いたいけれどプライドが邪魔して言えない松下一郎・外見年齢小学校二年生の苦難の日々は続く。

 千年王国は、未だ遠い。


 

終劇

 

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松下一郎でギャグって、書いたの…きっと私だけ(当たり前)
罰当たり街道一直線…(ヤモリにされそうだ)
天才のツボって何処にあるか凡人には理解できないと言うことで(笑)
普通の人とはポイントが違うって言うか(言い訳)