◇Do Messiah dream of electric human?◇
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「メシアは夢を見ますか。」
何気なく尋ねた質問は、まだ不穏な緊張感を孕みつつも平和だった時期に聞いたものだった。
まだ彼が、再び佐藤と呼ばれるようになる前の。
年端もいかない少年は、ただでさえ不快気な表情を益々不愉快なものにしながら憮然とした口調で返事をした。
「くだらない質問だね。なぜ、そんな事を聞くんだい?ヤモリビト。」
「いえ、何となく。」
少年は、何時でも眠るときには呼吸すら静かにまるで死んでいるように眠る。泥のように、といってもいい。
睡眠は深いように見えて浅く、ほんの些細な気配でもはっと身を起こす。
眠りの翼は少年の上に訪れているのだろうか?
夢の世界に遊ぶ気配すら見せない少年に好奇心を僅かながらつつかれて、聞いてみた質問だった。
そんなヤモリビトに、少年は追い打ちをかける。
「第一、お前の言う『夢』っていうのはなんなんだい?
シグムント・フロイトやカール・グスタフ・ユングが提唱する睡眠の元で無意識が見せる映像?
それとも大昔の特権階級による「寝目」の予言かご託宣?
あるいは、ただ漠然とした未来や将来への期待の固まりを指す?
…残念ながらこの三つについてなら答えはいずれもノーだ。
僕は生産性のない行いをするほど暇な人生は送ってはいない。」
一気にまくし立てられ、ヤモリビトは鼻白んだ。
「…それは、失礼しました、メシア。」
一言言って引き下がろうとしたその耳に、微かに低い声が届いた。
「…そもそも、僕には夢を見る権利など与えられていないね。」
その時は、腹立たしい気分であったこともあり、気にも留めていなかった。
折角、珍しく親切に心配してやったというのに。
余りに顔色が悪そうで、黙々と毎日精力的に動き回っても全く休息というものを考えないあの、傲慢な少年を。
+***+
数日後、ふとその言葉を思い出して重ねて聞いてみた。
権利がないとはどういう意味か、と。
少年から腹立たしげに返ってきたのは、吐き捨てられるような言葉だった。
「まだそんな些末なことに拘ってるのか、ヤモリビト。
僕はただ、夢を実現するだけだ。だからこそ余人は僕をメシアであり、救世主であると呼ぶのだ。
夢を見るだけで叶えられない救世主など、なんの存在価値もない。屑みたいなもんだ。」
そうして最後に、強い口調で続ける。
「現世は夢となり、夢は現世となる。…その為に、僕は此処にいる。」
勢いづく迸った語調の中に、ふと一抹の寂寥のような空虚さを感じ取ったのはヤモリビトの思いこみだっただろうか。
語りすぎた、というような若さから来る行き過ぎを自覚した苦さが、実際に若すぎるほど若年である少年の表情を過ぎったからか。
それとも、今思えばそれら全てすら。
強烈な空白のような孤独と、秋霜烈日の存在に触れて過敏に成り過ぎていた神経が錯覚したものだったのか。
何れにせよ、真実はもう今では永遠に解明されることはない。
+***+
ボロボロの服でよたよたと痛む身体を抱きしめて歩きながら、嘗ては救世主の使徒であった哀れな男は、呪文のように呟く。
「今見ている現実は、夢だ。」
そうでなければ、とうに傷ついた彼の精神に耐えきれる重圧ではなくなってきている。
この、現の世は。
これが悪夢というものでなければ、一体何だというのだろう。
身を切るような風が吹き抜けるビル街の裏通りで、かつてヤモリビトだった青年は声を限りに叫んだ。
「現世は夢となり、夢は現世となる!!」
しかし、その叫びにちらと気を奪われたものさえ。
忙しないこの街の雑踏には、一人も居なかった。
END
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