◇太子爺◇


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"とびぬけた頭脳の子は、腹からでるとまもなく死んだものだ。だが悪魔くんは、神が殺しそこねたのだ……"


+***+


 メシアといえども人の子には違いない。

 それは全くその通りだ。
 松下一郎が人間である以上、父の精を受け、母の肉から生まれ出ているに決まっている。
 否、そうでなくては人ではない。
 人ではないモノに、人間を救う救世主は勤まらない。

 だから、どこまで行ってもとどのつまり、松下一郎は只の人間に過ぎない。

 異能ではあるかもしれないが、それだけの個体だ。

 突けば血も出るし、肉体には限りがある。寿命も有限のものだ。
 最も、タイムリミットの方はこれだけあれば十分だろうという期限付き猶予だと彼は思っているが。

 時間はこれだけやるから、好きにしてみろと。

 上等じゃないか、と松下一郎はせせら笑う。
 人間であるからこそ彼は救世主であり、その為に持てる才能を使い尽くせるのだから。

+***+


 銃弾に貫通されたとき、これは定めなのだ、と松下一郎は悟った。

 彼はどこまで行っても人であり、父と母の子供。
 架せられた鎖の元で、届く範囲でしか身動きが取れない。

 そう、自分は。…痛いほど、甘い。

「ならば、父に骨を返し、母に肉を返そう。肉親の情が僕の目的の妨げになるのなら、僕は両親を捨てるのすら吝かじゃない。」

 血塗れの両手とブラックアウトする視界を抱えながら、少年は呟いた。

「そうして、人の子の情というものから解脱しよう。…さようなら、お母さん。」

 瞬間、掬い上げに来た柔らかな手を少年は拒否し、静かに目を閉じた。

 いつか混沌の人の世に舞い戻るために。
 次に目が覚めるときには、既に人の世の定めを外れた少年。


―――あれは、神が殺し損ねた子供。


 

END

 

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お題、「お母さん…。」です。タイトルは『封神演義』のナタ三太子のこと。
元々は仏教神で、解脱の邪魔になるからと父に骨を返し母に肉を返す説話があります。
でも結局お父さんへの情は同じ、そんな松下が好き(笑)
(というかこの親子は松下パパが素敵。)