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おはようございます、と軽やかな声が掛かって、朝の稽古の為に庭に出ようとしていた利劔は足を止めた。
「早いな、薄蛍」
微笑みながら背後から声をかけて来た半妖の少女に応える。最も、薄蛍以外の者が見ても、それが利劔の微笑みであるとは理解できなかったかもしれないが。
「はい、お部屋から、利劔さまのお姿が見えたので……」
朝のお稽古ですか、と問われて返事の代わりに竹刀袋を示す。薄蛍が感心したように目を丸くした。
「まだ、夜が明けてすぐですのに……。朝餉の前からお稽古だなんて、軍の方は大変なのですね」
「有事の際には身体が先に対応できねばならないから……その為には、稽古を重ねるしか無い」
手の中の竹刀をそう言いながら見つめた後、ふと利劔は薄蛍に視線を移した。だらしない格好をした彼女等想像もつかなかったが、しかしこんな早朝からきちんと着物を着付けている姿にやや不審を抱く。
「お前こそ、いつもこんな早くに起きているのか」
「ええ」
にこりと薄蛍は微笑み、そっと両手を重ねて胸の上に乗せる。
「毎日、朝起きたらお日様にお礼を言うんです」
その為に、早く起きるんです、お日様と同じくらい。薄蛍の意外な言葉に、利劔が僅かに目を見開いた。
「お礼?」
「ええ、今日も新しい一日を私に与えて下さって、ありがとうございます、って……」
言いながら、利劔の驚いたような瞳と目が合ってしまった薄蛍は、すぐに真っ赤になって俯いてしまった。
しまった、と口唇を噛む。この話は、前に西王母桃たちにした時に、薄蛍らしい、夢見る乙女っぽい、と散々にからかわれてしまったのだった。
「やだ、子供っぽいですよね、私」
どうしても熱を持って赤くなる頬に手を当て、逃げるように背中を向ける薄蛍に、利劔がやや慌てたように手を伸ばす。
「いや」
言った後、少し考えて、薄蛍の薄い肩にそっと手袋で覆われていない手を置いた。
(素晴らしいことだと、思う)
ぴくり、と薄蛍の肩が震える。ふるふると後ろから見た耳も揺れているのを感じながら、利劔は心の中で再び念じた。
(だったら俺も、薄蛍と出会えたこと、君が居てくれることを、毎日感謝しながら生きて行きたいと、思う)
伝わったか、と問うよりも先に、ゆっくりと薄蛍が振り返った。
「そんな、私には、利劔様と出会えたことの方が……」
大きな瞳いっぱいに、真珠のように煌めく涙が堪っている。それを指先で拭い取ってやりながら、伝わったのだな、と利劔はホッとしたように呟いた。
「俺も、これからは毎日、薄蛍と同じように、太陽に感謝をしないといけないな」
何気なしに呟いた後、何を泣く、ともう一度薄蛍の濡れた水蜜桃のような頬を手の平で拭ってやる。
「りけん、さまっ……、嬉し……」
どうしても俯こうとする日陰の花のような可憐な少女の薄い肩を支えながら仰向かせ、利劔はこつり、と彼女の額に己の額を合わせた。途端、薄蛍が真っ赤になる。
「りっ……!!」
近いです、と慌てふためく薄蛍に、俺と気持ちが共有できれば、少しは落ち着くかと思ったのだが、と何でも無いことのように静かに利劔は続ける。
「もう、利劔さまったら……」
困ったように呟いて、薄蛍は瞳を閉じ、長身の彼に合わせるように、少しだけ背伸びをして、想った。
奇跡的にも、彼と全く同じことを。
((いてくれて、ありがとう))
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+++END.
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