Are You Happy Now?

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 品川駅で新幹線でやってくる相手と待ち合わせて、やって来たのは日が落ちてしまってからになった。そういえば、もう夏は終わったんだと少し感傷的になる。

「秋の日はつるべ落としって、こういうこと、言うんだろうね」

 反射的に呟いてみたがしかし、生憎と浅黒い肌の少年は全くそんな風情に興味は無さそうだった。

「何、話って」

 単刀直入に切り込まれ、健二は一瞬怯む。

「うん、あのね、佳主馬くん」

 言った後、もごもごと健二はなにか言いたそうにしては言葉を探す様に口をつぐむ。数式の計算は速いくせに、日本語の演算は遅いらしい。佳主馬が少し苛立たし気に足を踏み鳴らした。

「なんだよ、歯切れ悪いな」
「と、とりあえずどこか入らない」

 お茶でもしようよ、と、健二は周囲をきょろきょろ見回し、深夜も営業しているカフェを見つけ、指差した。

「あ、あそこ入ろうよ」
「いいけど」

 さっさと歩き出した佳主馬が、当然の様にラップトップが入ったバッグを抱えているのがなんだかおかしかった。

 OZのシステムが本格的に復旧し(御陰で、佐久間は夏休みの後半はバイトに明け暮れているみたいだった)、アバターも戻って来たので(ただし、ラブマシーンに乗っ取られ、キングカズマに粉砕された健二のは別だ。佐久間が仮に作ってくれたリスがちょっと気に入ったのと、乗っ取られたアバターはなんだか縁起が良くない気がしたので、リスを仮から正式に健二の番号で登録し、現在はリスで生活している)、小磯健二は池沢佳主馬と時々連絡を取る様になっていた。

 なんせ、相手はOZで一番の有名人、『格闘王キングカズマ』だ。ラブマシーンとの一騎打ちは、今や伝説となって語り継がれている。

 そして、ちょこちょことしたメールのやり取りの中(佳主馬のメールは、用事がないと送って来ない代わりに返信はものすごく早い)、佳主馬が週末に東京に出てくると聞いたので、会って少し話をしないかと持ちかけたのは健二だった。

 高校生と中学生の男子二人で夜カフェ、というのも浮き上がる様な気がしたが、佳主馬は全く周囲に頓着しないようだった。水のグラスが置かれた所で、ところで東京には何をしに、と健二が尋ねた。

「理一大叔父さんが、東京の高校にするなら一度下見に来い、って言ったから」
「え、高校、こっちにするの」
「まだ決めてない」
「あ、そ」

 あっさりと的確に、伝えたい事だけしか喋らない。かといって、口数が少ない訳でもない。素の佳主馬も、アバターのキングカズマと同じくクールでミステリアスな少年だった。

「健二さんこそ、受験生じゃないの」

 伸ばした前髪の下の視線で真っ直ぐに問いかけられ、健二は思わず狼狽える。

「ぼ、僕はまだ、高校二年生だから」
「え、夏希姉ちゃんと同い年じゃないの」

 少しだけ、佳主馬が驚いた顔をした。うん、まあ、と健二が照れながら頭を掻く。

「ふうん。年下なんだ」

 低い声で言いながら、佳主馬はフードメニューを開いた。ちら、と上目遣いに健二を伺う。

「名古屋から、わざわざ出て来たんだぞ。なんか奢ってよ」
「佳主馬くん、僕高校生」
「取引先とでも、ちゃんと接待ってあるだろ。すいません」

 店員を呼び止めると、メニューを見ながら注文する。

「この、チョコレートハニーワッフルと、バニラアイス。あとロイヤルミルクティー」
「かしこまりました。お客様は」

 話を振られ、健二がやや挙動不審気味に僕はコーヒー、という。少年の意外に沢山の注文に、少し驚いているようであった。

「か、佳主馬くん、甘いもの好きなの?」
「別に。でも、頭使うと糖分がいいっていうから」

 黙って水を飲み、東京の水って不味いよね、と無表情で続けた後、佳主馬は再び健二の方に視線を向けた。

「で、なに」
「う、うん」

 そこで、ようやく健二はごそごそと脇に置いた鞄の中を探った。

「ええと、キングカズマ、チャンピオン復活、おめでとう」
「当たり前だよ。あんな、反則みたいなAIが相手じゃなきゃ」

 そっぽを向く佳主馬だが、ほんの少し頬の辺りが赤い様にも思える。照れているのだろうか。

 そこで、注文した皿が次々にやって来たので、暫く二人は会話を中断し、食べたり飲んだりする方に移行した。

 佳主馬がバニラアイスを食べ終えたタイミングで、健二が鞄の中から引っ張り出したものをテーブルの上に置く。

「おめでとう、で、これ、お祝い」
「へえ、ありがとう」

 健二が差し出した包みのリボンに、佳主馬は早速手をかけた。がさがさと包み紙をひっぺがし、紙箱を開ける。

「キングカズマTシャツ?」
「うん、この間の戦いのシーン、佐久間が結構スクリーンショットで撮ってたみたいで」

 宙を舞うキングカズマの勇姿がシルエットで描かれ、『KING KAZMA』のロゴの入った手作りにしては凝ったTシャツに、佳主馬が目をぱちくりさせる。次いで、添えられた同じシルエットの入ったメモリースティックを健二が指差した。

「あ、こっちに、写真のデータもあるって。あいつ、キングカズマの凄いファンだったみたいで」
「健二さんは?」
「え?」

 質問の意味が分からず、健二は首を傾げた。

「健二さんは、キングカズマ好きじゃないの?」
「好きじゃないの、って」

 健二は正直に返答に困った。勿論、何度も勇姿をテレビや街のモニターで見かけた事も在るし(電車でも延々広告が流れている)、試合だってテレビで何度も見かけた事が在る。カッコいいなとも思っている。ただ、積極的に好きかどうかと聞かれると、芸能人をどう思うか、と問われてその芸能人が自分の親戚だった、という感じの戸惑いがあった。

「好き、だよ。もちろん。だって、カッコいいじゃないか、キングカズマ」

 だから、健二としてはそれで精一杯の返事だった。

「ふうん」

 佳主馬はワッフルの最後の一切れに残ったチョコレートソースをたっぷり塗りたくって口に運ぶと、ため息をついた。

「まだまだダメだな、キングカズマ」
「え? な、なんで!?」

 驚愕する健二の方を向き直って、佳主馬が真摯な声音で言う。

「絶対、何があっても目が離せないくらいに惚れ込ませないと、意味ない」

 健二が、文字通り絶句した。向上心のある少年だと思ってはいたが、これ程とは。

「す、凄いんだね」

 これがチャンピオンになる人間の器なんだろうなと純粋に感動した健二が言うと、佳主馬は少しだけ目を上げて眉を顰めた。

「そんなことないさ。健二さんが教えてくれたんだろ。何があっても目が離せない、ってことを、僕に」

 佳主馬はそんなことを言い、来年も夏休みは上田においでよ、と付け加えた。

「曾婆ちゃんのお墓参り、一緒に行こうよ」
「あ、そ、そうだね」

 こっくりと頷いた健二に、佳主馬がもう一度呆れた顔でため息をついた。

「分かってないからな、健二さん」
「へ?」
「そろそろ行こうか」

 いつの間にかロイヤルミルクティーも飲み干して立ち上がった佳主馬に、慌てて残りのコーヒーを流し込みながら健二が続いた。

 佳主馬が伝票を持ってレジに向かって行ってしまったので、慌てて鞄から財布を出す。

「ご、ごめん、幾ら」
「いいよ、奢る」
「ええっ、でも佳主馬くん、中学生なのに」
「キングカズマだもん。平気さ。経費で落としちゃうよ」

 さらりと言った佳主馬は、その代わり、と付け加えた。

「あした、健二さんの高校下見に行くから、案内してよ」
「へ?」
「聞いてない? 今夜、夏希姉ちゃんの家に泊めてもらうんだ」

 家、近いんでしょ、途中迄一緒だよねと言われ、健二は言葉に詰まった。

「え、理一さんのお家じゃ」
「あの人、自衛隊だもん。寮から一歩も出て来る訳ないよ」

 置いてくよ、と先に歩き出す佳主馬の後を目を白黒させて追いながら、健二は今年の一夏の戦争が連れて来た、嵐の様な白い閃光について考えていた。

 夏は終わってしまったが、数学の計算ではとても追い切れない未来が、健二の前にはまだまだ膨大に広がっていた。








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ツイッター、「恋愛お題ったー」より
「カズマさんは、「夜のカフェ」で登場人物が「嫉妬する」、「チョコレート」という単語を使ったお話を考えて下さい。 」
という括りで書かせて頂きました。

こないだ車で走ったんですが、東京と名古屋って結構遠いんですよね。
新幹線でもなかなか会えない距離を感じて、進学校とか狙っておりますに違いないです。
キングカズマは王様ですからな!

 

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