青春花道




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 季節の変わり目で何となく体調が悪い、という話を聞いたのは電話越しだった。

「む、風邪かね、油断はいかんよ巻ちゃん」

 あー、と否定しない声が帰ってくる。どうやら心当たりがあったらしい。

 巻島は基本的に自分のやりたいことを我慢しないタイプだ。どうせ、なにかに意識を奪われて、薄着をしていたか、濡れ髪を放っておいたかだろう。

 湯上がりにあの長い髪の毛を乾かすのを怠ったのが一番ありそうだな、とぼんやり東堂は思った。初めて出会ったときから、どんどん伸びている髪の毛である。

 それ以外、巻島の隙に当たりそうな部分に想像はつかない。着る毛布とかプレゼントしても、美意識的に着てはくれなさそうだな、と考える。ちなみに東堂は、毎年一枚買い足しているほど愛用している。

『そうかもしれないショ』

 うっかり、ちゃんと髪は乾かして寝ろよ、と言いそうになったのを、直前で堪えた。またオマエはオレの母親かだのなんの言われてしまいそうだ。

 代わりに、思いついたままを口に上らせた。

「あれだ、自転車を回せ。そうすれば多少の風邪などペダルが吹き飛ばしてくれるさ」

 少なくとも、箱根学園自転車競技部ではそう言い伝えられている。こないだ荒北がくしゃみをした途端、新開がローラーを持ってきて一本行こうぜ!と得意のバキュンポーズで誘っていた位だ。

 ちなみに、当然のように新開の顔面には、バァカ! オメエと泉田だけだそんなん! と吼えた荒北によって濡れタオルが投げつけられていた。ナイスピッチー、と怒られては敵わないので心の中だけで呟いた東堂だったが。

 最も、新開はどうして怒られるのか分からない、とばかりに瞬きをしていた。全く、荒北も元エースの肩を使い損だな、とつらつら思う。

 新開と同ラインに置かれた後輩の泉田など、医療費を両親に使わせたことがないのが自慢だと言っていた。

 それにはすかさず荒北が、バァカは積んでも治らねぇしな、とツッコミを入れていた。

 ぼつぼつと、巻島の不調を解すように東堂が語るエピソードに、巻島の声が少しだけ緩む。

『……ハ、どこの自転車バカの言い分だヨォ』
「無論、巻ちゃんを同類と認識した上での発言だ」

 なので同じ方法で回復するよ、と続く言葉に、巻島は笑い出してしまう。トークも切れる、と自分で言う東堂だが、巻島相手にもその技量は遺憾なく発揮されていて、巻島は東堂の電話を面倒くさがりつつも、話をし出すと声を立てて笑ってくれることもある。

 普段は、クハ、という溜めた息を吐き出すような笑い方が精々だが。その度、東堂は目を閉じて、巻島の笑顔を想像するのだが。

『オメエはほんとにどうしようもねえな、東堂』

 じゃあまた、と言って切れた携帯電話の表面をそっと撫でて、東堂は小さな溜息を吐いた。また次回、が何とか繋がったことに毎回どれだけ東堂が安堵しているか、きっと巻島は気づきもしていないだろう。

「確かに、オレはどうしようもない奴かもしれないよ、巻ちゃん」

 呟いて、ぴんと電話の表面を指先で弾く。溜息が散った空は、箱根の山の稜線でくっきりと区切られていた。



○◎○◎○




 巻島裕介に懸想しているのかもしれない、という自転車競技部のチームメイトの話を聞いた瞬間、ウゼ、と思った荒北靖友は、最も端的な方法を口にした。

「そーかそーか、じゃあ押し倒して来いよ。ヤれたら惚れてんだろ」
「ヤッ……!!」

 かあ、と東堂が真っ赤になる。呆れたように言ったものの、長身の男をそれなりに長身の男が組み敷く、という図が想像できなくて、荒北の方も苦虫を噛み潰した顔で胸を撫でる。

 なんだか、消化に悪い油ものでも食べてしまった後のような気分だ。去年の冬にケンタのバレル一気食いした翌朝みてえ、と荒北は思って益々げんなりした。

 言われた東堂はといえば、まるで乙女のように頬を染めてもじもじしている。正直に言おう。キモい。京伏の御堂筋くらい繰り返して言ってやりたい。キモ、キモ。キモォ、と脳内でその辺まで思った辺りで、東堂は赤く染まったままの顔を上げた。

「や、ヤルとは、もしや、そ、その、接吻とかそちら方面のことか」

 せっぷんときた。荒北は心の底から目の前の男のデコをぶん殴りたくなった。こんな所で国語の成績の良さを発揮して貰いたくはなかった。

「ハァ? そちらもこちらも、行き着くゴールは一緒だろうが。つーか、セップンとか古くせーこと言うなよ東堂ォ」

 ほら、アレだろ、と両腕をくいくい動かすリアクションと共に、ぶちゅっとやってその後でこうがばっと引き剥いでヨォ、と辛うじて言ってはみたが、荒北の方の想像力もそこが限界だった。

 考えてもみて欲しい、他人の三倍、二年間一人で練習しろ、という福富の言いつけをきっちり守ってきた荒北である。部活の時間でさえ足りないと思うのに、女の子に割く時間がどこにあったというのか。

 まして、今東堂が言っているのは相手が女子ですらない。荒北にしてみれば、想像も妄想もノーサンキューである。ただでさえ少なめの健全な妄想の時間を、玉虫色の髪をした男などで空費したくはなかった。

 どうにか想像して、ジャージを着てふらふら山を登っている所までだ。顔だって今二つあやふやで、へのへのもへじで代用されている。東堂のようにその先の坂を駆け上がりたいとは到底思えない。

 大体、総北の巻島裕介といえば、その特徴あるクライムスタイルに定評のある選手なのだ。決して顔や性格で知れ渡っている訳ではない。

 この東堂といい、一年生の真波といい、クライマーってのはどいつもこいつも脳味噌に酸素いかなくて山頂でバァカになっちまうんじゃねえのか、と荒北は本気で考えた。だとしたら、山岳酸素欠乏症要注意である。

 そんな荒北に向かい、東堂は赤い顔のまま言い放った。

「えっ、荒北、まさかオレにハレンチ自転車に乗れというのか!!」

 清い交際を続けているオレに、獣道へのペダルを踏み出せというのか! と斜め方向にずれたことをいう東堂に、荒北は心底うんざりした顔をした。やっぱりおツムに酸素が回っていないとしか思えない。

 馬鹿なこと抜かすな、オマエいつも女子の事ならオレに聞けとか言ってるあれは何か、フェイクか、ブラフか、と言ってやりたいのを、荒北は武士の情けで我慢した。

 よく考えたら女子が女子がと口では喧しいが、こいつも荒北に匹敵するぐらいペダルを回している男だった。経験値が豊富なわけがない。それを突っ込んでやるのは可哀想だ、というくらいの同族意識は、まだ荒北だって欠片ほど残っている。

 だが、とその後で荒北は噛みつく姿勢に移行した。それと、さっきの東堂の不適切な発言とは話が別だ。

「バァァァッカ! ハレンチ自転車ってなんだヨ!」

 そんないかがわしいもの、伝統ある箱根学園自転車競技部に持ち込まないで欲しい。千葉県境を越えさせるな。荒北はそう吼えたかったが、東堂には通じなかったようだった。

「だからその……ほら、全力で二人で漕ぐアレだ! 恋する二人のマリア・ローザでパッションな色のロードレーサーだよ!!」

 い み が わ か ら な い。

 とりあえず荒北の良識の範疇内にそんな単語はない。第一、どっかのサイクリング用の浮かれた自転車でもあるまいに、ロードレーサーが二人乗りになるわけがない、このバカチューシャ。

 第一、マリア・ローザ色ってなんだ。パッションとはなんだ。ジロ・デ・イタリアのレースの神様に全力で謝罪して欲しい。つうか罰当ててやってくれロードの神様、ケガしない程度で。一応コレでも箱学のエースクライマーの筈なんで。

 腹の中でぐるぐると渦巻く罵詈雑言を荒北がどれから引っ張り出そうかと迷っているうちに、東堂は更にどこか夢見るような瞳で呟いた。

「そんな不埒な乗り物……ああしかし、オレと巻ちゃんならきっと、全力勝負になるであろうな」

 超特急で山頂まで行ってしまうだろうそんなことをしたら、と何を想像したのか真っ赤になる男に、こいつそんなことまで山岳リザルトを狙いたいのか、と荒北は少々うんざりした。ついでに悪口も引っ込んだ。

 のれんに腕押しとか糠に釘って、こーゆーコトなのね、と脳内で諺が駆け巡る。その荒北に、東堂がどうしたものかな、と溜息を零しながら聞いてきた。

 ぷつっと脳内で何かが音を立てて切れる。

「死ね! つーか、お前一人でペダル回しても着いてきてくれるヤツいねえんじゃ空回りだろ!」

 おお、と東堂が目を見開いた。

「上手いことを言うな荒北!」

 確かに俺一人ではペダルも空転してしまう、というかオレと巻ちゃんはそもそもクライムスタイルが真逆だ、共には乗れんかもしれん、とだんだん東堂の言葉が悲壮になってきた。

 まじもんのバァカか! と荒北ががあっと吼える。第一、恋愛における概念の自転車の筈が、いつの間にリアルの話にすり替わっているのだ。オマエやっぱり巻島に乗りたいんじゃなくて自転車に乗りてえだけなんじゃねえの、と荒北は馬鹿馬鹿しくなる。

「いや、納得すんなよ、死ねよ!!」

 もう、さっきから気分的に何回東堂のカチューシャを狙ってドタマをかち割ったか分からない。ぶっちゃけ暴れたい。

 この間まで福富に借りたシティーハンターを読み耽って居た荒北は、想像の行き着くまま脳内で百トンハンマーをぶん回しながら吐き捨てた。

 だが、荒れ狂う荒北の前に投げ出されたのは、不思議なほどにしんと沈み込んだ東堂の一言だった。

「なにもな、気持ちを伝えなくても、一緒に山を登ることが出来ればそれで、と思っていたのだが……オレは思ったよりも欲が深かったようだよ」

 学食の大して旨くはないカツ丼をつつきながら東堂は溜息を吐いた。その前でカツカレーを掻き込んでいた荒北は、まあしょうがないんじゃないノォ? と言って、東堂のカツ丼からスプーンで器用にお新香を攫う。

「あっ、おい!」

 途端抗議の声を上げた東堂を、着色料で真っ黄色のたくあんを口にぽいと放り込みながら、荒北は睨み据えた。

「たくあん二切れでてめえのウザい恋愛相談聞いてヤッてんだ、感謝してよネェ!」
「ウザくはないな!」
「嘘こけぇ!」

 ぼりぼりとたくあんをかみ砕き、荒北はこれ以上取られないようにと慌ててカツ丼を食べ始めた東堂を見た。

 頭を動かす度に、さらりと素直な射干玉の黒髪が揺れる。荒北も今では真っ黒な髪をしているが、東堂のそれはなんというかもう、物が違う。どこって艶とかコシとかだ。通りすがる女生徒が、例え東堂のファンではなくとも、羨ましそうに眺めていくほどの濡れたような黒髪だ。

 瞳の色は、ほんの少し色素が薄い。切れ長の大きな目は、まるで透き通るガラス玉のようだ。その所為で、黙っていると表情が酷く掴みにくく思えることがある。まあ、常日頃はそんな事を感じさせないくらい感情表現が派手だが。

 口さえ開かなければ、男でも惚れるかもしれねェな、オレ以外だけどな、と荒北は思った。巻島はどうだろうな、と思ったが、直ぐに考えるだけ無駄か、と思い直す。巻島のことなど、そもそもまともに車輪を並べて走ったことのない荒北に分かるわけがない。

 だが、東堂のことなら少しは分かっているつもりだ。この、口を開けばクソ喧しいが、山と自転車をこよなく愛する心だけは本物の男に付き合ってせっせと山を登っているのだ、いずれ巻島も上に着く形容詞はバカの類いに違いないとは思うが。

 女子の柔らかい身体に触れもせぬ前に野郎なんかで青春時代を浪費したくないと荒北は思うが、東堂は違うのだろう。

(だったらどうすっかネエ……)

 諦めさせるよりは、玉砕させた方が話は早そうだ。それでどうなるかなど、荒北の知ったことではないが、東堂は高々恋愛で左右されるようなメンタルでロードに乗ってはいないだろう。

 巻島も、然り、なんだろな。

 思いながら、カツカレーの皿を綺麗に空にして、まだ食べ続ける東堂の顔に視線を戻した。

 東堂は食べ始めるとそれ程に騒がない。綺麗に箸を使う、というのは箱根学園自転車競技部で、東堂と食事を共にしたことのある人間の総意である。

 東堂が食べていると、ワンコインより安い、肉より脂身が多いような薄っぺらいカツしか入って居ない、やたら甘ったるい味付けの学食のカツ丼さえ高級そうに見えるのだから不思議だ。

 女子のことならオレに聞け、と豪語しているが、本命にはいっそ臆病だ、とクンクン鼻を蠢かしながら荒北は思った。

「……ナァ」

 なので、止せばいいのに話を続ける気になってしまったのだ。

 まあ、そもそも東堂がいつもの口調に紛らわせつつも、かなり本気で話し掛けてきているのは分かっていた。

 そうでないと荒北が少しでも聞いてやろうという気になる筈がない。

 荒北の気配が変わったのを感じ取ったのか、元々聡い東堂が顔を上げる。

「なんだ」
「やっぱ、言っちまえばァ?」
「……荒北」

 東堂が少しだけ眉を顰めた。先程までワーギャー煩く騒いでいたのは、やはり荒北の懐を探るためのものだったのだろう。バァカ、そんな駆け引きすんなよバカ東堂、と思い、その顔をとっくり見てやりながら、荒北は話を続ける。

「どーせダメでも毎日顔合わせる訳じゃネーんだからヨォ、うじうじ悩むなよ、真っ直ぐ前だけ見なきゃ、なんも突破なんかできねえゼ?」

 荒北の言葉に、東堂がはっと目を見開くのが感じられた。思い知れ東堂、と荒北はほくそ笑んだ。

 箱根学園のゼッケン2番はエースアシストの番号である。ゴールへ導いて欲しいというなら、荒北はその手前まで、誰よりも早く引いてやるだけだ。

「ま、アレだよ。フラれたらペプシ奢ってヤンよ」

 な、とやや照れ臭そうに話を締め括ると、東堂がどこか憑き物が落ちたようなさっぱりした表情で、そうだな、と言った。

「俯いていては、先へは進めんな」
「そーそー、お前なんでも自信過剰なんだからよ、パッキリ鼻っ柱折られてくればァ?」

 はは、と東堂は笑い、綺麗に食べ終えた食器の乗ったトレイを手に立ち上がった。米粒一つ丼の内側には着いていない。お育ちイイねえ、と荒北は妙な感心をした。そういえば福富が以前、東堂は出されたものをなんであれ全く残さないのは偉いな、と褒めていた気がする。

「よし、頑張ってくる!!」
「オオ、程々になー」

 へらへら手を振って送りだす。東堂はややさっぱりした顔付きでよしっ、と気合いを入れ直し、携帯を握って食堂を出て行った。荒北はちらりと時計を見る。昼休みは、まだかなり残っていたが、総北高校の方はどうだろうか。

「ま、オレの知ったことじゃねえけどな」

 さて、ペプシでも買うか、と荒北は立ち上がり、ペットボトル二本分の小銭があるかどうか、ちらりと財布の中を確かめたのだった。



○◎○◎○




 昼休みの終わり頃になって、東堂は荒北の想像通りべそかき顔で自転車競技部の部室に飛び込んできた。

「おー、早かったな。ドォよ、リザルトは」

 言いながらも、何となくは分かっていた。巻島がどういう趣味嗜好にせよ、東堂にいきなりこの勢いで、しかも自覚から日が浅い、どこか固まっていない気持ちでふわふわ迫られたら、とりあえず考え直せと言うだろう。

 ま、普通に断られたんだろうなあ、と荒北が思う前で、東堂は半泣きで訴えてくる。

「荒北! 聞いて欲しい! 巻ちゃんに告訴ッショ! と言われてしまった……」

 ハァ? と荒北は首を傾げた。話の内容が穏やかではない。一体東堂は今度はどんないらんことを言ってしまったというのか。

 それよりなにより。荒北は東堂の前髪を昆虫の触角よろしく引き毟ってやりたい衝動を堪えながら怒鳴った。

「オメェ、告白しにいってたんだろォ!? 告訴されてドーすんのよ!!」

 告の文字しか合っていない。これはひどい。荒北は正直やはりさっき息の根を止めて埋めてしまえば良かったとかなり真剣に思った。

 荒北靖友一世一代の恋愛相談をなんだと思っているのだこのカチューシャは。折角アシストしてやったのに、何をゴール直前でリタイアをしていやがるのか。

「どうしよう荒北、どうしても聞いて欲しい話があるから時間を取って欲しいと言ったのに、ダメだとか無理だとか余りに言うから、じゃあ押しかけると言ったら……」

 そして多分昂奮して言い過ぎて巻島をどん引きさせたのだ。聞かなくても分かる顛末だ。荒北は乱暴に頭を掻いた。

「どーするもこーするも、諦めて好きだって言い倒すしかないんじゃナァイ?」
「そうか、よし、明日から箱根山の頂上で練習するか……」

 狼狽えたままとんでもない事を言い出した東堂のデコを、今度こそ荒北は遠慮することなく引っぱたく。ぺちぃん、と良い音がした。痛ぇ! と叫んだ東堂は涙目になっている。

「止めろバカ、ぶっ倒すぞ。ハコガクの名誉傷つけんな副部長だろうがバァカ。そんな死にてえなら、パッチギでもネリチャギでもどっちか好みの方でトドメ刺してヤンよ?」

 元ヤン丸出しで凄む荒北に、東堂はもっと傷心のオレを労らんか荒北、と言い募る。

「そこは自転車で白黒付けようとは言わんのかね!?」

 わいわいと騒いだ後で、東堂は深く息を吐いて部室の机の上に突っ伏した。格好良く告白したいだけなのに、どうしてこんなに難しいんだろうな、という言葉が荒北の耳に届く。

「……オレは巻ちゃんの前でだけは、箱根の偉大なる山神で居続けたいのだよ」

 分かるだろう、荒北靖友、と続けられて、荒北はサァね、と肩を竦める。

「生憎、オレにゃあオメエみたいな取り繕わなきゃなんねーとこなんて欠片もネエしな」
「強いな、……それは」
「つーっか、テメエそもそも格好良かったことなんて一度もねえだろうがよ、なに気障なこと言ってやがんだバァカが」
「む、それには異議ありだぞ荒北」
「その通りだろうが。告白なんて元々カッコつけるもんじゃネエだろ、そんなん、さっぱり伝わんネエぞ。まして、巻島は男なんだろ?」

 オマエが告白するとか欠片も思ってネエぞ、と言い放たれて、東堂はカチューシャを外してくしゃりと前髪を掻き混ぜた。

「……正論過ぎて、流石のオレも堪えるな、ぐうの音も出んよ」

 苦笑する東堂にハアと息を吐き出して、荒北は立ち上がって部室の冷蔵庫に入れてあったペプシを二本手にして帰ってきて、一本を東堂の剥き出しのおでこにくっつけた。

「ホラよ」
「冷たっ!!」
「ヤンよ。飲んだら、もっかい電話してコイよ。巻島チャンもその頃にはちょっと落ち着いてんじゃナイ?」

 一回や二回の玉砕で凹んでんじゃネエよ山神、らしくもネエと発破をかけられて、東堂はしばしぽかんとして瞬きを繰り返した後、ぱあっと晴れ渡るように破顔した。

「ありがとう、やはりお前は良い奴だな荒北靖友!!」
「ハッ! うっせ! 褒めんな!」

 ペプシの栓を開けて照れ隠しかごくごく飲み始めた荒北に東堂も倣おうとした瞬間、東堂の携帯電話が大きく震動した。ディスプレイを見た東堂が大きく目を見開く。

「ま、き、ちゃ……」

 あわあわと携帯を取り上げて立ち上がり、物陰でも探したのかきょろきょろする挙動不審の東堂という珍しい生き物にもう少しで吹きそうになりながら、ばしんと荒北はその背中を試合中のように叩いた。

 仕掛けどころなら、荒北の野生の勘の嗅覚は百発百中だ。

 ここが正念場だ。

「よし、東堂、オレの根性もってけ! 行け! リザルト出すまで帰ってくんじゃネエぞ! 天辺取ってこいヨ!!」
「お、……おお、そうだな!!」

 行ってくる、と携帯の通話ボタンを押しながら人の居ない外に向けて駆け出した東堂の真っ直ぐな背筋を見送って、荒北は青春ってやつだネ、と小さく呟き、東堂が忘れていった新品のペプシに、自分の名前を書いて冷蔵庫に戻した。多分、もうこれは東堂には必要ないだろう。野獣の勘でなんとなく分かる。

「さーて、あのオバカちゃん、授業にゃ間に合わないだろうなあ……」

 箱根学園のエースアシストとして、フォローしておくべきかどうか荒北は暫く考え、さっきの告白のアシストだけで十分だろう、と判断して、そのままペプシ片手に校舎へ向かっていった。

 鼻歌交じりに、なぜだか少し上機嫌になりながら。

 きっと東堂は、山頂ゴールを制したときのように、両腕を自信満々に突き出して、結果を報告に帰ってくることだろう。

 勝利のニオイは、東堂の暑苦しさを持ってしても消せないくらいに荒北にとっては芳しい。その時は、ウゼエよバァカと悪口を叩きながら、普段より少しだけ我慢して東堂の話を聞いてやるのだ、と。荒北靖友は、そう心の中で決めたのであった。


















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+++END

 

 

ポルノの歌を聞きながら書きました。荒北さん大好きです。
ちなみに東堂さんはまた失敗して半泣きで帰ってきて、荒北さんに罵られるといいと思います。
告白の入り口にも到達できねえでよくエロの限界頂点目指すとか言えたなバカ東堂!とか言われてしまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++ back +++