◇みつげつ◇




 薄氷の瞳に、はっきりとした殺意が浮かび上がる。その体から放たれる霊圧が、絶対零度の冷ややかさを帯びた。全身から立ち上る威圧感に、思わず門を開けようとしていた隊長達までが足を止める。

「……これでお前、消せるやろ。ガキ」

 普段の柔和な口調が嘘のように言い捨てると、短く発動部分を唱えて鬼道を解放する。ここまでの術式は既に完全に練り上がっている。

「破道の九十・黒棺」

 唱えるが早いか、少年の握っていた鍵から、真っ黒な蛇が無数に伸び上がって少年の体に巻き付いた。グロテスクな光景に、少年だけでなく、その場に居合わせた者達までが凍り付く。蛇達が徐々に少年の体を取り巻き、蝕み、真っ黒な棺を形成して行く。

「な、なんだ、これっ」

 少年が焦ったような声を上げる。手足に絡み付くだけでは飽き足らず、その口の中にまでぞろりと蛇達は入り込もうとする。あれではすぐに息が詰まるであろう。  にたり、とギンが笑った。瞳にだけは怜悧な色を浮かべて。

「可愛ええやろ? ただの鬼道やつまらんし、お前なんや触手みたいなん好きなんやろ? ボクの乱菊に色々してくれたお礼に、手ぇ加えてみたわ。ちょっとしたサービスや。そない簡単に楽にはさせたらへん」

 薄い水色の瞳で、冷ややかに男が少年を見据える。

「お前は、その墓穴で朽ちて死ぬんや」

 言い捨てると、行こ、と言って乱菊を抱えたまま大股で門の外へ足を向ける。焦ったように妖精がその背中に向かって声をかけた。

「ま、待て、死神が妖精に……」

 干渉する事など、不可能な筈なのに。

 次々に門の外へと出て行く死神達の中で、その言葉が聞こえたのか、ギンが最後に戸口で足を止める。

「手出しでけへん・と思てんのがお前の思い上がりや。棺桶は作ったったんや。その蛇達に噛まれて、ゆっくり毒が回って絶望に満ちて……」

 そこで言葉を切り、後ろも見ないまま門の外へ足を踏み出す。

「……そのまま独り、死にさらせ」

 呟くと同時に、ギンの背後で少年一人を中に残し、妖精の門が閉まる。

 そうして何も無かったように、妖精の門は鈍い地響きを立てて、空間に解けて行き、最終的にはどこかに消え去って行った。



「……とりあえず」

 門を踏み越えた瞬間、ぽつり、と全てを見届けた一角が呟いた。些か口調が萎え気味なのは仕方が無い。

「市丸隊長怒らせたら、とんでもなくえげつねー死に方しそうだ、ってのは分かった」

 半端無く怖えぇ、と剛毅な彼にしては珍しく、他には聞こえないくらいに小さい声で呟く。全く同感だね、と弓親が相槌を打った。

「あと、逆鱗の場所もだよ、一角」

 美貌の十番隊副隊長に恋人が居るかもしれないとは推理していたのだが、それが市丸ギンである事までは流石に想像していなかった。












―――――『ミッド・サマー・ナイトメア』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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