◇レゾンデートル◇




(話の前にもう一つ知っておいて貰いたい事があります。
私はかつて、シャア・アズナブルという名で呼ばれた事がある男だ!)



 あの放送を聞きながら、身の内に知らず溢れてくる高揚感に、騙されても良いと思えるのは一流の政治家かペテン師のどちらかなのだろう、この男は、と苦笑したものだ。唇から放たれた名前一つで場の空気が変わったのが、音声だけでも感じ取れるなど。

「聞かないわけがないだろう。あなたという人間の宣戦布告を」
「宣戦布告と称してくれるか」
「他にどう言えばいいっていうんだ」

 しかし、とアムロはどこか懐かしいものを思い出す眼差しで呟く。
 宇宙には嘗て「ジオンの赤い彗星」シャア・アズナブルと呼ばれた男が居たように、アムロ・レイと呼ばれた男が居たはずだったのだ。
 どこでこんな風に大きく道が分かれたのかは知らないが、アムロが宿敵として追っていた筈の男は、綺羅の世界の赤絨毯に足を踏み入れ、かたや自分は羽根をもがれた鳥のように、傷つきながら僅かずつ、戻れる場所を探している。
 万感の思いを込めて、青い空を見上げながらアムロは呟いた。

「なにもかも、みんな懐かしい名前だな」
「そうかね」
「あなたと俺が化石なんだ。ザビ家なんて名前、久しぶりに聞いた。…七年、七年だぞ」

 赤ん坊だって立ち上がって歩き出すさ、と苦笑するように言い、背後にくつろいで立つ男を振り返る。男は肩をすくめた。

「確かに、化石だな。それも立派に金鍍金のされた」
「戦争博物館に飾って欲しかったかい?」
「確か君の友人は、木馬の記念品として陳列されていたんじゃなかったか。館長だったのだろう?」
「ああ、そうかも。それ今度ハヤトに言ってやれよ」
「機会があればね」

 くすくすと一頻り笑う金髪の男からは今日の大役を終えた緊張感の残滓も感じられず、アムロはそれでもどこかに気を使っていた自分が馬鹿馬鹿しくなりながら、わざと明るく言った。

「七年前には知らなかったことも沢山知ったし、見えなかったものも見えるようになった」

 クワトロ・バジーナは少し、笑ったようであった。






―――――『A Briefer History Of Time』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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