◇1つの魔法◇




 ロンとハーマイオニーがホスピタル・ウィングから解放される見込みは、まだ当分なさそうであった。

 ポンフリーの過保護な看護に辟易しつつ、医務室のあちらとこちらで目配せをし合う「重症患者」同士は、見舞いにやってくるハリー相手に雑談をするのが唯一の気晴らしになっていた。

 OWL試験も既に終わり、結果は七月に来るとあってはさしもの勉強命のハーマイオニー・グレンジャーといえど些か張り合いを無くすのは当然で、ベッドの脇に積み上げた教科書に珍しく手も触れず、ロンとハリーがのんびりチェスを指すのを見つめていたりもした。

 ハーマイオニーの見舞いに来ているジニーとルーナーは、二人でなにやらお喋りを楽しんでいる。

 ぼんやりと、平和だなとハリーは思った。つい先日ここに来たときはこの平々凡々とした空気に耐えられなくて、逃げ出すようにハグリッドの所に行ったけれど、そこでもやっぱり自分の居場所はないように思えてしまって―――…

「チェック」

 ロンが突然短く言ったので、ハリーは慌ててボードの上に視線を戻した。
 ロンの使う黒い騎士の駒が、今にもハリーのキングを追い詰めて叩き潰さんと鬨の声をあげている。

「どうしたんだ、ハリー。珍しく注意力散漫じゃないか」

 ロンがニヤリと笑みを浮かべながら言い、ハリーは慌ててクィーンを救援に向かわせようとしたが、最終的にはそれも虚しい努力だった。

「チェックメイト!」というロンの威勢のいい声と共に砕かれた白のキングに、ハリーが大袈裟な溜息をつく。

「ルークを動かさなきゃ、君のキングを狙えたのに」
「チッチッチ、勝負に「たら」「れば」は禁物さ、メイト?」

 戯けたように言ったロンに何か言い返してやろうとして、その言葉が思った以上に胸の奥にずしりと重く落ち込んだ気がしたハリーは、一瞬言葉に詰まった。その後で、負け惜しみに紛らわせたように、次は負けないからなと言って席を立つ。

「じゃあ、僕そろそろ行かなくちゃ。マグゴナガル先生に呼ばれてるんだ、話があるって」

 言いながら、ハリーはその場から逃げ出そうとしている自分と、ロンと話をしてみたいと思っている自分を発見して、びっくりしていた。







―――――『一つの魔法(終わりのない愛しさを与え)』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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