眩しい午後の日差しの下で、大きなサングラスをかけたシャア・アズナブルは、一人滞在しているコテージの窓際に据え付けられた大きなソファに寝そべっていた。
胸の上には、読みかけの文庫本が伏せて置かれている。その様子を遠くからでも見つけたアムロは早足でコテージに近付くと、アムロの名前を聞いていた管理人から渡された鍵でドアを開けてコテージの中に入り、玄関に荷物を置くと、そこからは忍び足でシャアの元に近付いた。
ソファの脇に立って、ゆっくりと声をかける。胸の上に乗った本はシェイクスピアの『テンペスト』で、あまりにらしい選択にアムロの顔には僅かな笑みが浮かんだ。
「おい、魔法使いの大公先生。いきなり行方を眩ましたと思ったら、こんな所でお昼寝中とは、随分いいご身分だな」
エアリエルが来たぜ、とシャアの読みかけの古典を織り交ぜながら微かにその耳元にふうと息を吹きかけ、問いかけてみる。シャアはこういう言葉遊びを好む傾向があることをアムロは充分弁えていた。しかし、金髪の男からはなんの返答もない。
「……寝ている、のか?」
アムロは当てが外れた気分でシャアの顔をもっとよく見ようと覗き込んだ。サングラスをかけたままの表情ではどちらとも伺い知れない。じっと顔を見ながらそのまま待っていると、かなりの時間が経った後で、小さな声で返事が返ってきた。
「……アムロ?」
青年の名前を譫言のように一度呼んだ男が、次いで夢から覚めたように起きあがり、サングラスを外すとまじまじとアムロの顔を見た。
「……やあ」
あまりに食い入るように見つめられて、流石に照れ臭くなり、どういう態度を取ればいいのか分からなくなったアムロは、それだけをはにかんだように言って小さく微笑んだ。
「……アムロ、君」
シャアがもう一度青年の名前を繰り返した後、やや恐る恐るといった風情でアムロの方に向かって腕を差し伸べる。
「これが夢ならばもう醒めなくともいい、こちらにおいで、アムロ」
請われたアムロは素直に男の側に近付いて、お邪魔しますと呟きながら男の寝そべるソファの空いている隙間に浅く腰掛けた。
僅かに開いた空間が未だ二人の間に残る蟠りのようで頂けないとは思ったが、その隙間をアムロの方から詰めることは出来そうになかった。
「これは良くできた夢なのだろうか、それとも幻想か?」
掠れた声のシャアの問いかけに、アムロの全身に緊張が走る。ここまでやって来る途中には色々な感動的な仲直りのシチュエーションを思い描いていたのだが、いざシャアの顔を見てしまうと、照れ臭くて顔を上げることさえままならない。
「……悪いけど、夢じゃ、ないからな」
それでも暫くは信じられないようにただアムロをじっと眺めるシャアの視線に耐えかねて、遂にアムロが俯いたままそう唸った。
その、瞬間。ぐいと腕を引かれ、瞬く間に開いていた距離がゼロになる。きつく男の胸元に抱き締められて、アムロは酸素が足りなくなったかのようにはくはくと口を開閉させながら喘いだ。
「シャア、俺、は」
名を口にした途端、それを待っていたかのようにシャアの甘い声が天頂から降り注いできた。
「まだ、実感が湧かないな。……暫くの間、こうさせてはくれないか」
耳元で熱い声が興奮を隠しもせずに囁く。
「仕方がないな、……」
―――――『フェイク』:雨野とりせ
※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。
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