◇MONOCLE◇




「…お時間です、『総帥』。」

 さらりと言い放たれれば、彼は従うしかない。
実質、シャアの生活の九割以上は彼に管理されているのだ。
残りの一割だって、あらゆる意味でアムロに握られているに等しい。

 軽く諦めの溜息、ひとつ。

「分かった、行こう。」

 呟いて、戦場とも言える会議場へ足を踏み入れる。アムロは脇に一歩下がって控える。
モバイルのコンピューターを片手に抱える今の彼を誰が見ても、歴戦のエースパイロットだった嘗ての『連邦の白い悪魔』だとは思うまい、とシャアは皮肉っぽく青年に視線を送る。
視線に気付いたアムロは特に感慨も見せずに席に着いたシャアの前で端末を開く。

「スピーチの草稿と、本日の会議の資料です。本当はここに入る前にご検討して頂きたかったのですが、お時間が調整出来ませんでした。」

 シャアがくすりと小さく微笑む。

「うん、この後のために少し無理を言ったからな。仕方があるまい。君だって、私なら大丈夫だと思ったから予定を組んでいるのだろう?」

 信頼と揶揄の入り交じったコメントを付け、シャアは画面に見入る。
青い瞳が忙しなく文字を追うのを、硝子越しではない方の瞳が緩やかな視線で追っている。

 もう片方の目の奥の、表情は読めない。

 アムロが彼にそぐわないモノクルをかけ始めたのは、シャアが熱烈に口説き倒して彼が遂にネオ・ジオンに来ることを承諾した、その直後からのことであった。
モビルスーツに乗るのだけは良しとせず、秘書官として赴任してきたアムロを初めは心安くなく思うものも多かったが、激務に次ぐ激務のシャアの片腕たる任務を淡々とこなしていくその姿に表裏も嘘偽りもなく、気が付けばいつの間にかネオ・ジオンの実質NO.2の位置は紛れもなくアムロ・レイのものだろう、とさえ囁かれるようになっていた。

 青年に片眼鏡越しにその琥珀の視線で射抜かれると、心の奥まで見通されそうな気がする、と言い出したのは、誰なのか。
ニュータイプとしてのアムロの非凡さはモビルスーツを降りた後も存分に発揮され、シャアは交渉事のテーブルで彼を側から離したことがない。
相手の話題の真贋を、或る程度感覚として認知できるのだから、相手にしてみればこんなに怖い片腕はいないだろう。

 最も、アムロ自身が素通しらしいそのモノクルの下でなにを考えているかまで、シャアには思い及ばない。

 本当は、シャアを破滅させに来たのかもしれない。いつ、背後から撃たれても文句は言えないのかもしれない。

 初めてアムロがネオ・ジオンの制服に身を包んで現れたとき、青年の顔を突然飾ったささやかな装飾品に驚いたシャアは、その理由を尋ねたのだ。
アムロは、この後から彼特有になる抑揚のない淡々とした調子で語った。


―――これは『覚悟』だ、と。



―――"一方通行不可逆航路"

























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