◇メランコリニスタ◇




 しなだれかかる腕の重みに苦笑しながら、アムロ・レイはコーラル・オリエンタルの甲板の上からまだ見送るミライ・ノア夫人に手を振った。ミライもどこか苦笑に近い表情を浮かべて手を振る。

(本当は、こうやってフラウ・ボウと歩いていたかもしれないんだよな)

 或いは、セイラか。
 どちらにしても、今現在アムロの隣にいるのは、そのどちらでもない。ふわんと自己を主張するかの如く立ち上るやたら甘い菓子かなにかのような香水の香りにクラクラしながら、アムロは困ったようにみっともないからあんまりくっつくなよ、と一応のように言ってみた。
 先程カミーユに、私とアムロはちゃんと外出の許可を貰っているもの、とすまして言ってのけたベルトーチカは、勿論そんなくらいではめげたりしなかったが。

「あら、アムロ・レイとこんな風に香港の街を歩けるなんて、そんな機会、もう一生ないわ。楽しまなくちゃ」
「だから、…今はそんなことを言っている場合じゃないだろう?一応はちゃんとした任務なんだから。ほら、カミーユが呆れて見ているよ」

 アムロの溜息混じりの言葉に、ベルトーチカは一瞬後ろを振り向いて、何かを見つけたように軽く目を見開くと、うふふと小さく笑ってアムロの脇腹を肘で小突いた。

「そんな心配、いらないわ。カミーユなら、可愛い女の子とどこかに行くところ!なかなか隅におけないじゃない。ほら」

 見て、あなたより余程ちゃっかりしているわ、と促されて視線を向けると、確かにカミーユは助手席に紫がかった青い髪の毛の少女を乗せ、どこかに走り去る所だった。
 あいつ、大丈夫かな、とアムロは一瞬少女の身元に思いを巡らせたが、直ぐに後ろからふわりと小さな温かい手に目隠しされて、有り得ないほどに狼狽えた声をあげてしまった。

「う、うわっ?!」
「どこ見てるの?アムロは今日は私だけ見てくれなくちゃ」

 ダメよ?と、狼狽えたアムロが周囲を気にして掴んで退けた手も、アムロの非難の視線も物ともせずに屈託なく微笑むベルトーチカに、内心でアムロは「負けた…」と小さな白旗を揚げた。



 腕を組んだまま海沿いを歩いていると、道端には販売許可証もなにもとても取得しているとは思えないような怪しげな屋台が建ち並んでいる。
 ベルトーチカは時に足を止めて、木箱の上に筵を広げただけのようなその露店の店先の品物を物珍しそうに覗き込んでいたが(実際、アムロもこんな雑多な露店を見るのは初めてだった)、暫くしてその内の一軒の前で足を止め、ねぇ、と上目遣いに腕を引きながらアムロを振り向く。

「あの指輪、可愛いと思わない?」
「指輪?」

 アムロが視線を向けると、ベルトーチカの指さす先には、小さな籠の中に無造作にじゃらりと積み上げられた、一個幾らどころか三つで幾ら、という値段の付いた硝子かなにかで出来たような安っぽい指輪があった。アムロは、あんなもの子供でも欲しがらないだろうに、と眉を顰める。

「そうか?本物の硝子かどうかも怪しい…」
「もう、アムロ!」

 言いながら、なぜかベルトーチカは不機嫌そうに指を伸ばし、整えられて綺麗なピンクに塗られた爪を備えた指で、アムロの頬を抓った。

「痛っ!なんてことするんだ、ベルトーチカ」
「知らないわ、もう」








―――――『メランコリニスタ』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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