◇ブラザーズ◇




 アニメ同好会の部室で、弟はぼんやりと天井を見上げていた。部室の中には、弟の他にはもう数人の女子しか残っていない。

「兄さん、まだ来ないのかな……。早く来てくれないと、『メロメロドキュンプリンセス』終わっちゃうじゃないか。今日はすごく良い話なのに……。あーあ、DVDを仕掛けるの忘れちゃったのが痛かったよな」

 呟きながら、恨めしげに大雨の降る窓の外を見つめる。急な夕立の所為で部室から出られないのだが、見たいアニメの時間は刻一刻と迫ってくる。
 もういっそ濡れて帰ろうかと思わないでもなかったが、今日着ているのはこの間のイベントで早朝から行って企業ブースの大混雑の中を並んでやっと買った、大人気のギャルゲーのロゴ入りパーカーであった。あの努力を思うと、そう易々と濡らすわけには行かない。

「兄さん、遅いよ。すぐ来てってメールしたのにさ」

 呟きながら、薄型の携帯電話を恨めしげに睨む。雨が降り出したのを見て、直ぐに兄にメールを打ったのだが、こんなことなら生協で安い傘でも買って帰れば良かったと、弟はそろそろ後悔をし始めていた。
 今月、どうしても欲しかったキャラクターの高価なフィギュアを買っていなかったら、きっと傘を買って帰っていたとは思うのだが、今のところ、昼食代にも事欠いて後輩にたかる始末である。

「そういや、ハヤトの奴は彼女の弁当だって自慢してたな。いいよな、手作り弁当。僕も明日から作ってこようかな、お金ないし」

 呟きながら、弟は机の上に放り投げていた雑誌をもう一度手に取った。新作フィギュアの一覧を見ながら、気に入りの眼鏡の少女のフィギュアの上で目を留める。

「やっぱり欲しいよなぁ、ピュアキュアプラチナホワイトのフィギュア……すごくイイ出来だよな。でも、高いんだよな……」

 はぁ、と溜息をつく弟の広げた雑誌の上に、その時不意に影が差したので、弟は驚いて顔を上げた。

「部長、なに見てるんですか?」
「なにって、……ピュアキュアプラチナホワイトだけど……」

 ついそのままを答えてしまい、弟はしまったと口を噤んだ。

「えー、部長って、メロメロドキュンプリンセスが好きなんですか?」

 意外―、とくすくす笑ったのは、弟と一緒に部室に残っていた数人の女子生徒達だった。そもそも、同じアニメ同好会に所属しながら、普段は仲間内だけで勝手に盛り上がっている事の多い彼女達が話しかけてきたことこそが意外で、弟は首を傾げる。

「そうかなぁ」
「そうですよ、部長はもっと、セレブライガーとかああいうロボット系が好きなのかと思ってました」

 ねぇ、と話しかけてきた女子部員が周囲の友人達に振ると、彼女達も一斉に頷いた。

「コスプレサークルも掛け持ちしてるでしょう、部長。この間、イベントでセレブライガーのパリスのコスプレしてませんでした?」
「ああ、あれは、頼まれたから……」

 この間の同人誌即売イベントの時、参加する友人から一回だけ着てみてくれと頼まれて、断り切れなかったロボットアニメの主人公のコスプレを思い出して弟が冷や汗をかいていると、やっぱり部長だったー、と女の子達が騒ぎ出した。

「やっぱり! 部長のこと、この間イベントで見かけたんですよー、私丁度友達に頼まれた本を買いに行ってて、そこで!」
「あ、はぁ……」

 弟は些か間抜けな返事を返してしまったが、女子部員は聞いても居ないようだった。

「それで、一緒にいた人、誰ですか?」
「……え?」

 弟の表情が引きつった。









―――――『Love so Sweet』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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