◇FANTASISTA◇




 冗談じゃありません、そんな話。

 心の中でそう叫んで、アムロは咄嗟にその場を逃げ出そうとした。……が、くるりと背中を向けた瞬間に、がしっと謹厳な上官に両肩を凄まじい力で掴まれた。

「どこに行く、アムロ」
「ええと、……が、ガンダムの整備に」

 ブライトのちっとも笑っていない細い目の微笑みに負けじと目の笑っていない笑顔を返し、アムロはその場を逃げ出そうとする。

「その必要はない、まぁ命令を最後まで聞け」
「イヤですよ! なんですか、その滅茶苦茶な命令! 上層部横暴!」
「軍とは常に理不尽だってことぐらい、お前にだってもう分かっているだろう!」
「そんな理屈で終わらせるなんて、大人って最低だ!」

 アムロがブライトと言い争っているデスクの間にある命令書簡は、長引く戦況に互いの国力の衰弱を憂えた地球連邦軍と、ジオン公国公王デギン・ザビの間に交わされることになった停戦協定の一環に端を発していた。
 息子であるギレン・ザビの独走に手を焼いたデギン・ザビが先走ったものだとも言えなくもあったが、とりあえず講和は望むべきものであるとして、地球連邦側もそれを受け入れた。

 その条件の中に、連邦より十年は進んでいるというジオン公国側からの軍事技術の提供の話があり、見返りに連邦側に要求されたのは新兵器「ガンダム」の設計図と、そのパイロットであるニュータイプ……と、ここまではアムロの頭でも理解可能だったのだが。

  アムロが納得できなかったのは、その次の項目であった。
曰く、『ガンダムのパイロットは、ニュータイプとして非常に覚醒の進んだ『少女』だと聞く。ジオン・ダイクンの遺志を継ぐジオン公国側としては、彼女をデギン公王の末子であるガルマ・ザビ大佐の伴侶として迎え入れてもいい』という一文に、アムロは思いっきり反発した。
 というか、宇宙世紀にもなって政略結婚なんて有り得ないというかそれ以前に僕は男です!と声を大にして叫びたい気分だ。

「第一、男と結婚なんて、そんなことできるわけないじゃないですか、僕、男ですよ?」

 アムロの反論に、ブライトはそうだなと形だけ頷く。

「どうも、詳しい話を聞くと、お前とセイラの話が先方ではごっちゃになっているようだな」

 金髪の美少女だと言っていたらしいなぁ、と暢気に言い出す若い艦長に、少年は他人事だと思って!と益々憤慨した。

「……だったら! 尚更僕が行くのなんて許して貰えませんよ!」
「なんだが、連邦側は既にお前に特使の辞令を持ってきているようだしなぁ」

 ブライトの視線がデスクの上の命令書に向いているのを見て、アムロは嘘でしょう、とブライトに食ってかかった。

「大体、なんでガルマ・ザビと結婚なんて、そんな馬鹿な話が出てくるんですか!」
「年齢的に上の子供達ではおかしいと思ったんじゃないのか?」
「そういう話じゃありませんよ、とにかく、僕、イヤです、絶対」

 うんうん、と再びブライトが頷く。

「そうだろうな、イヤなのは分かる。だがな、アムロ。考えてもみろ。これで戦争は終わるんだ」
「それで?!」

 言いたいことがあるなら言ってみろ、といわんばかりのアムロの視線から僅かに目を逸らしながら、弱冠十九歳の苦労人の艦長は、噛んで含めるように少年に告げた。

「沢山の罪もない人達の為にも、耐えてジオン公国に嫁に行け、お前。な?」
「絶対イヤです! 第一、顔も知らない人の所に嫁になれとか絶対無理です!」

 毛を逆立てた猫のように盛大に反論すると、アムロはばっと身を翻した。その後で、思いついたように捨て台詞を叩き付ける。

「もしもまた向こうが言ってきたら、そんな名前を聞いたこともないどっかの末息子じゃなくて、英雄の「赤い彗星のシャア」なら結婚してもいいです、くらい言っておいてください、じゃあ!」
「あっ、ちょっと待てアムロ、まだ話は終わっていないぞ!」

 ブライトの制止を皆まで聞かず、アムロはダッシュで部屋を逃げ出すと、その足でデッキへ向かい、ガンダムのコックピットに飛び込む。

「ここは地球だし、……人が居ない訳じゃない。ガンダムと僕一人くらい、逃げ切れるさ」

 呟くと、アムロはホワイトベースから愛機を連れて、「家出」を決行したのだった。






―――――『EXODUS』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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