◇First Arousal◇




 メロドラマは好みじゃない。

 運命に全てを任せるなんてナンセンスだ。

 だから、俺は。いつだって自分自身で欲しいものを掴み取るしかなかった、俺は。


 埃っぽい石畳の街の少しいかがわしい一角を一人で歩いていると、まだ日も高いというのに当然のようにあちこちから声が掛かる。その中からその場限りの相手を探すのはそう難しい事ではなかった。日系の常か、アムロは年齢よりも若いように見られることはざらだったし、この街は昔からそういうことに対してとても開放的なところだ。

「ボンソワー、ムッシュウ、・・・・・・」

 街娼の青年に腕を引かれ、アムロは手を振る。今日はどうにも、タチになりたい気分ではない。すると、直ぐに奥から兄貴分のような男が姿を現した。そこそこ整った顔の、ガタイのいい男だった。値踏みをして、まあいいかと頷いてみせると腰を抱かれる。

 そのまま、近くの安宿へと足を向けた。部屋に入ると同時に、濃厚に口づけられる。安っぽい香水の匂いが鼻について、アムロは顔を顰めた。服を脱げば少しは没頭できるかと思ったが、引き締まっているかと思った身体もそれ程でもなく、結局のところ、行きずりに買った男とのセックスは、可もなく不可もなく、勃って抜くのには刺激も足りず、脳内で、アムロのよく見知った金髪の面影を脳内で思い起こすことが必要だった、位だ。

 飽き飽きしている、この街にも、なんの刺激もないセックスにも。分かっていても、他にすることがある訳ではない。そして、この街から出て行く理由もない。

 一回だけで終わりだと男に告げ、金を払って宿を後にする。

 つまらなかったな、と思いながら家路につき、当座のねぐらにしている古いアパトルマンのドアを開ける。壁だけは越してきてすぐに、意外に忠実な同居の男が、よりによってどこかで見たようなパーソナルカラーの赤に張り替えてしまったので、帰って来てもなんとなく落ち着かない。いつでもあの男に見られているようで。だから、家の外で行きずりの情事を繰り返しているのだが。

「お帰り、早かったな」

 すぐにそんな声がして、同居人が姿を現した。

「ああ、・・・・・・まあ、一度行ってみたかった美術館に行ってきただけだから」

 ほう、と同居人であるところの金髪の男が面白そうに笑う。

「君がこの芸術の都に着いてから、美術館に自主的に行くのは初めてだな、明日は雨でも降るのではないか」

 クリュニー美術館に行ってきた、とアムロは短く呟く。帰りに寄り道をした色街のことには当然口を噤んだままだ。

「あれが見たかったんだよ、ユニコーンと貴婦人」

 あんな昔の織物がよく残っているもんだな、と言いながらパンフレットを差し出すと、金髪の男・・・・・・シャア・アズナブルは、そうか、と言って紙媒体のそれを手に取る。

「そういえば、君のパーソナルマークはユニコーンだったな」

 聞いたアムロは肩を竦めた。

「忘れたよ、そんな昔の話」

 それだけを素っ気なく言って、ふと行き道で通りかかった中華料理屋のことを思い出した。思い出すと、東洋風の味付けが恋しくなる。アムロは元々日系だが、それ程日本に思い入れがあるわけでも無く、むしろ今までの人生は、宇宙やアメリカで過ごした年月の方が長い。東洋風の味付けは、シノワの方が口に合った。

「なあ、今夜はシノワでも喰いに行かないか」

 シャアは一つ瞬きをして、それは構わないが、と言った。

「君にしては珍しいな。ふむ、食べたいものがあるというのはいいことだ」

 着替えてくる、と上機嫌で部屋に戻るシャアの後ろ姿を見送りながら、アムロはぼんやりと今までのことを思い出していた。

 あの、サイコフレームの共振の中で自分自身もシャアも極彩色の光の中に見失ってしまってから、約三年。

 気付くと、アジア大陸中央部の山の中に墜ちていたアムロとシャアは、奇跡的に大した怪我もせず、どちらも命を保っていた。

 皮肉にも、そこはシャアがフィフス・ルナを落とした場所にほど近く、人など居ないに等しかった上に、後から判明したことではあるが、あの時、アクシズからは無数のモビルスーツやコロニーの破片が地上に火の玉のように降り注ぎ、その一つであったアムロたちのことなど、最早誰も気に掛けることもなかった、ということである。

 険しい山中にνガンダムは捨てて、アムロは金髪の男を連れて、宇宙さえ適応できるパイロットスーツで山中を歩き、外世界など全く関係のないような山岳民族に巡り会って、そこに身を寄せた。

 暫くそこの人々の仕事を手伝ったりしてのんびりとお互いの気力と体力の回復を待ち、明らかに怪しげな異邦人にも親切だった人々に別れを告げて、連れだって人里に降りてきた。

 まあ、天から降ってきた神様の使いだと噂されていたと、最後には知ったのだが。シャアの金髪碧眼の見てくれは、敬虔に慎ましく暮らしている人々の度肝を抜くものだったらしい。

 シャアにそんなことを言うと、褐色の肌の女神のご加護かもしれんな、と笑えないことを抜かしてくれたので、アムロは遠慮なくその頬を抓ってやった。

 アジアから、少しずつ西へ西へとシルクロードを逆行して、ヨーロッパへ。この移動に特に最終目的地があったわけではなかったが、慎重に身を隠しつつ移動してきて、そして今はこの古の花の都に落ち着いている。

 そして、この街に着いた直後くらいから、アムロの一夜の恋人漁りが始まった、というわけだった。



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―――――『我が唯一の望みに』:雨野とりせ



※この文章はあくまでサンプルです。内容は予告無しに変わることがあります。








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