◇Where Angels Fear To Tread◇




 絨毯の上にクロスを敷いただけの床の上に、所狭しと料理が並べられている。その周囲に居心地の良さそうなクッションが幾つも転がしてあったから、床の上に直に座ってこれに凭れながら料理と食べろということなのだろう。
こんな形式での食事は初めてのアムロが、はしゃいだように早速クッションを幾つか引き寄せて床の上に腰を下ろす。


「シャア、ホラ、来いよって。あなたも腹減ってるだろう?」
「ああ、そうなのだが…ね。」シャアは肩をすくめた。
「早く食べようぜ、早く!冷めちゃうだろ、料理が。」


 アムロに急かされ、全く子供のようだなと苦笑しながらその隣に並んで腰を下ろし、立て膝でアムロの前に幾つかアムロの好きそうな料理の盛られた皿を並べてやる。アムロがわくわくしたように皿を覗き込んだ。
 その後でふと気がついたようにシャアを見上げる。


「な、これってどうやって喰えばいいの?ナイフとかフォークとか、全然見あたらないんだけど。」


 料理の皿には、辛うじて取り分け用と思われる大振りのスプーンが添えてあるだけ。手元には、取り分け用の皿も無ければ食器もない。どうしたらいいの、と困惑したような期待するような視線を投げてくるアムロに、シャアがまずはお手本を見せるべく右の手を皿に伸ばす。


「こうして、だよ。」
 言いながら、右手の三本の指と親指を使って器用に皿の上のものを掬って口に運んでみせた。そのまま片手を使って零しもせずに優雅に食べる男の姿に、アムロがただでさえ丸い瞳をもっと大きく真円に近い所まで見開く。


「すげ。」本当に一体どこでこんなの覚えてくるんだ、この人。
「ほら、食べたまえ。」


 くすくす笑いながら、シャアがまたひと掬い指で掬い取って、今度は親鳥のようにアムロの口元に運ぶ。親指を使って押し込むように口の中に入れてやると、アムロは口を開けてそれを受け取り、お返しに、と自分も指に皿から掬い取った料理を乗せて、シャアに差し出した。
 なま暖かい料理の中に指を差し込むなど初めての体験で、それだけで何だか妙にドキドキしてしまう。脂でずるりと滑る指先も、ぽたんと落ちそうな汁を零さないようにするのも。ましてや、それをそのまま相手に食べて貰うなんて。


「はい、…シャアも。」
「うん。」やけに嬉しそうなのはアムロの気のせいだろうか。
妙なときめきを覚えながらもアムロが差し出す指先の食物を直にその口で受け取ろうと、シャアが身体をアムロの方に向かって乗り出す。ぱくりと差し出された料理を口に運び、――そのままアムロの指まで舐り取る。びくりとアムロの体が跳ねた。


「…ん、っ!…。こら、そこまで食べろとは言ってないぞ。」
咎めるように甘く睨むと、それ以上に甘く見つめられる。
「…すまない、あまりに美味でね。」
 しらりと言われ、アムロがしょうのないひとだな、と苦笑しながらもう一度自分も口を開ける。


「ね…食べさせて、俺にも。」声が、知らず糖度を増す。
「いいよ。…ほら。」シャアはこの上なく嬉しそうだ。
 料理を口元に持ってきた筈のシャアの指は、しかし今度はそのまま指をアムロの咥内に一本残したままに、口の中をぐるりとひと混ぜする。軽く歯を立てて抗議すると、痛い、と笑いながら引いて行かれた。





―――"マシュマロハネムーン":雨野とりせ







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