―――…ちょっと。
十一月四日まで、後二時間。恐らく、丁度の時間になると一斉に言祝ぎの電話とメールが届き始めるだろう。
その位にはまだアムロにも知人も友人も存在している。
祝われても、素直に喜べない年齢になってから祝福されることの多くなったアムロの誕生日である。
十代の時など、自分にそんなものがあったことも忘れていたのだが。
否応なく思い出させてくれたのは、やはりあの男なのだけれども。
それでも、不安にも似た期待でそわそわとしながら、アムロはその時を待っていた。
―――…ちょっと、この間は。
何よりも、ただ一人からの連絡を。この間は、流石に少し愛がなかったかもしれない。
アムロだってそれなりに、艶めいた話を冗談に紛らわす術を覚えていない訳ではない。
もういい年だし、其程純情ぶるつもりも無いつもりだ。
ないの、だが。――どうにもこうにもあの男の言う一言一句に対しては過剰反応をしてしまう自覚がある。
気付くと後から結構情けない気分になるのだけれど。
どうして、もっとさらりと流せないかな、俺。
この間のだって、後から考えれば何も怪鳥蹴りなど喰らわせなくとも、
『じゃあ今度交代してみよう』とかなんとか言ってやればそれで済む話だったのかもしれない。
そもそもはじめに痛いだのなんだの言い出して、折角甘くなり始めたその場の雰囲気を削いだのはアムロの方だ。
あの男と肌を合わせるような関係になって結構経つと思うのだが、未だに照れの残る自分も相当に頂けないが。
おかしな気分だよな、と微かに自嘲する。
今年は、とまでは言わないが、今現在の心情だけをいうならば、
万の言葉よりも祝福よりも、あの男からの一言でもいい、気持ちの入ったメールが欲しい。
―――去年は、手書きの古式ゆかしいカードだったな。その前は、メッセンジャーが花束持ってきたんだっけ。
二十二の時に戦場で再会して偶然誕生日を知られてから後、
毎年のように当然のように『彼』からのメッセージは届いていた。
こういう関係になってからは、尚更。
記録は今年も更新されるものと信じて疑っていなかったのだが。
流石のアムロも、微細な不安を禁じ得ない。
…シャアの誕生日の方が早ければ良かったのだ。
そうすれば、アムロの方が先に相手を祝えるから、
シャアもお義理でもなんでもお返しをして来るであろうから。
あれはああ見えて意外に忠実で律儀な男だし。
ほんの僅か、十日ばかりだけアムロの方が早いだけに、
どことなく毎年試されている気分になってしまうのは被害妄想に過ぎるだろうか。
自分の誕生日を、今年もシャアが祝ってくれるのか、どうか。
―――毎年、不安にはなる。
そして、期待が叶ったことに安堵して、その安堵した自分にほんの少し理不尽なものを感じる
…そんな風に記念日を繰り返していたのだけれど。
そわそわと、またアムロは時計を見た。後一時間半。
午前零時ぴたりに来る、とも思っては居ない。
この時間ではフライングの登場も疑わしい。
『誰よりも早く、一番に君のことを祝いたかった。』というのは去年のネタだ。
今年もそれだとは、人を驚かせるのが好きな赤い彗星らしくない。
どきどきして、期待してしまって、不安で、落ち着かなくて。
「…ああ、ったく!」
アムロはがしがしと頭を掻いた。十二時になんてならなくていい。
シンデレラの魔法が解けてしまう時間じゃないか。
というか、十一月三日が終わったらそのまま五日になってしまえばいいんだ。
――無茶なことを思う。
だったら、こんな風に振り回されることもないのに。
ガラスの靴なんて、渡されてもどうしていいか分からない。
溜息混じりに、ちらちらと文字盤を見ながら。
アムロはそれでも、何処にも行けずに、何も出来ずに――待って、いた。
―――"LEGAL+DRUG":雨野とりせ
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