「a man of high resolve」




 足は震えている。

 温かいはずの漆黒の羽毛も、今は己を温めてはくれない。

 歯の根なんか合ってない、ガチガチだ。

 家に、あの安全な動く城に帰って、強力な魔法で何重にも守られた厳重な自分の部屋の真ん中の、あの暖かい羽布団!!

……あの中に逃亡して、眠ってしまいたい。

 みんな悪夢だ、夢なんだ、起きたら終わってる。―――忘れてしまえ、忘れてしまえ、忘れてしまえ!!

 呪文を唱えて過ごす怖い夜を、もうどの位の年月重ねたのか記憶すら、ない。

 だけれど。

 焼け焦げた空を、大地を見下ろす。

 あの秘密の花畑の小さな小屋に逃げ込んで、ひっそり暮らせたら、と思ったこともあった、けれども。

―――“ソフィー”――君と、ふたりで。

 その名前は、僕に新しく与えられた無敵の呪文。――君を守りたい、凶悪な魔法の手から、邪悪な戦争から。地を這う化け物から、空を旋回する鉄の戦闘機から。

 それだけで僕は今、此処に立っている。

 逃げ回るしか脳の無かったこの僕が、しっかりと、自分の意志で。

 どう考えても勝ち目なんてこれぽっちもない。首尾良く魔法で勝てたとしても、なにか得体の知れない、心の無い化け物に変わってお仕舞いかもしれない。

 それでも。

「不思議だな。――君さえ居てくれれば、どうにかなりそうな気がするんだ。」

 ソフィー、そうだろう?

 遙か昔に心に決めた、未来で出会う運命の人。

 あんたの滅茶苦茶な強引さが、僕を変え、魔女を変え、周りを変え、……多分この国さえ変えてしまうんじゃないか、彼女なら。

 揺るがない強い意志を秘めたあの濃い色の瞳を思い出しながら、僕は、震える手を。

 しっかりと握りしめ、翼を羽ばたかせた。

 弱虫の魔法使いでも、せめて彼女の前に立つに、相応しい男であるように。


----end.




 

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