「とおくちかくに/Always together, Eternally apart.」




「…ハウル。」

 彼女は切なげに呟いたけれど、どこから聞いてもそれは猫の鳴き声にしか聞こえなかった。

 ハウルに会いたい。
 だけれど、会えない。
 どこにいるかさえ、知らない。
 天空に浮かぶあの二人暮らしていた城は、今どうなっているのだろうか。

 一体あの自惚れ屋で気むずかしくて移り気で目立ちたがりで気分屋で、
 なのに寂しがり屋の大魔法使いはどこで何をしているのだろうかと思う。
 別れたとき、というより正確にはジンの襲来で呪いをかけられたとき、彼女は身重だった。
 その彼女も今では息子(どこから見ても可愛らしい子猫だが)を無事産み落としている。

 色々妊婦にはショックな経験をしたが、その分お産の軽い猫だったお陰で死産にも流産にもならず事なきを得ている。
 アブダラという東から来たらしい、
 空飛ぶ絨毯と性格のねじ曲がったジンニー(ガラス瓶に入っているらしいが、彼女は話題だけで未だ見かけたことはない)
 を連れたなんだかお人好し気な青年とも道連れになったし。
 結果オーライとはこのことだろう、というひどくポジティブシンキングな思考は彼との結婚生活で身につけた。
 妹のレティなどはそんな姉さんが不憫だと泣くが、自分で選び取ってしまった人生がこれだから仕方がないだろう。
 何時だって、考えが足りないと夫には責められつつも心の中で上手く行くという確信がある。

 だから。
 ハウルとこんなに離れたって、会えなくても顔も見えなくても、心配なんかしない。
 ただ、凄く寂しいけれど。
 今度会えたら会えなかった分までうんと甘えて、初めて見るであろう我が子の感想を聞いて、
 それから……。

 まずはキスでもして貰おう。

 どこかでのうのうと生きているのは知っている。…いいえ、確信している。
 あのぐうたらには勿体ないくらいの大きな魔力が、その身体の中に詰まっているのを知っている。
 それに、カルシファーも着いているはずだし。
…連携プレーとかは、全く望めない相手だけれど、その気になればなかなかの名コンビな組み合わせの二人、だし。

 だから。
 猫は涙を流さないから。
 少しくらい切なげに、月に向かってか細く泣くのは。
 決して人間のソフィーが泣きたいからじゃ、ないのだ。
 あんまり泣くと息子も心配して、隣に寄り添って鳴き始めるし……。

 きっと人間の赤ちゃんに返れば、彼女かハウル似の可愛い姿が見えるだろう。

「とりあえず、あなたが金髪か赤毛なのかを確かめない限り、私は猫のままでは終われないわ。」

 それに、パパの顔も見せてあげたいし。

「”真夜中ー”、”はねっかえり”!どこに居るんだ?晩ご飯はいらないのか?」

 オヤオヤ、お人好しの飼い主の声がする。
…仕方がない、もうちょっとロマンティックな気分に浸りたかったけれど…。
 今夜の所はこれでお仕舞い。
 眺めていても、月にハウルが映る訳じゃないし……。

 タンタンと、猫特有の軽い足取りでソフィーは屋根から降りた。

 寝室を通り、アブダラの居るであろう宿屋の下の食堂へと向かう。

 その、通り過ぎていった寝室の中で、まさに。
 青い小瓶の中の精霊が。

「…君はどこに居るんだろう、ソフィー…。」

 と呟いたのにも気付かずに。



 アイタイ、でもアエナイ。

 こんな遠く近くにいても。


----end.




 

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