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「…せっかくまんざらでもねぇって態度だったのに、あのときやっぱやっちまえばよかったぜ。」
なかなか物騒な出来もしないことを呟く黒髪の魔法使いの少年。
ぼやく相手はくうくうと軽い寝息を立て、未だ夢の世界から帰ってきていない桃色の髪の毛の武闘家の少女。
現在、ここにもう一人黒髪の不思議な占いと予言の力を持った少女を加えた三人で旅をしているのだが、三人目の少女…メルルは生憎この場所には居合わせない。昨日から、路銀を稼ぐために立ち寄ったこの町の有力者の家に呼ばれて行っているのだ。
ポップ達も着いていきたかったのだが、やんわりと御家の一大事の吉凶に関わることですので、と使いに断られてしまった。一応俺達も勇者様の元仲間なんですけど、とポップは些か釈然としていないが。
そんなこんなで宿で一夜を明かし、散歩がてらメルルを迎えに行かないかとマァムの部屋の扉を開けて(一応ノックはした。一緒に昔野宿もしたことがあるので気安すぎる関係でもあるのだ)、幸せそうに熟睡する武闘家の少女を発見したのだ。
近寄ると長い睫毛と整った顔は彼女に想いを寄せる自覚のある少年には刺激が強すぎた。…なので冒頭のような愚痴の一つもつい漏れるというものである。
一度だけ、キスを迫った。…結局、冗談にして誤魔化してしまったが。
狡いとは思ったが、彼女が自分ともう一人、孤高の剣士を心の中で格付けしかねていることを誰より承知しているポップのなけなしのプライドがそうはさせなかったのだ。
がしがしと頭を掻き、昨夜はそう遅く就寝したとも思えない少女を無情に揺り起こすかどうかしばし真剣に検討する。
「大体、お前武闘家の癖に無防備過ぎだぜ…俺、ノックして入ってきたよなぁ?」
それだけポップの気配には気を許しているのかもしれないが。嬉しい反面、やっぱり手の掛かる弟というか男扱いされていない様で複雑な気持ちになってしまうポップもなかなか辛いところではある。
ふ、と一息つくと苦笑を浮かべ、ポップは更に寝台の側に近づいた。
「…どうせならいつかキスで目覚めさせてやりたいもんだよな。…俺は王子じゃなくて魔法使いだけどさ。」
等と彼にしてはかなり糖分過多な台詞を口にしつつ、甘い視線でマァムを見下ろす。どうせ彼女が起きているときにはこんな気障な台詞も行動も絶対に取れたものではないことであるし。
「キスには魔力があるっていうけど、…魔法だけなら本職なんだぜ?」
呟き、さらりと額に巻く鉢巻を垂れ掛からせながらマァムの眠っている顔に自分の顔を近づける。
「ほら、起きたらどうだ?愛の天使。…寝顔だけはホント天使だよなぁ。」
呟きながら、肘までの手袋を外して或いは炎を、或いは氷を生み出す魔法使いの指先でそっと少女の頬を撫でる。
キスの代わりに。
最後にちょんと軽く唇を指先でつつき、ポップは身体を起こす。
「さて、疲れてるんだろうなぁ。ここんところ野宿多かったし。メルルの迎えは一人で行くか。」
呟きながらおやすみ、とマァムに言い残し、ぱたんと音を立ててドアを閉めて部屋を出た。
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その瞬間、眠っていたはずのマァムの瞳がぱちっと開く。
「……余計なお世話よ。」
大体変なこと言い出すから起きるタイミング逃しちゃったじゃない、と今更眠れそうにもないすっかり熱を持ってしまった頬を両手で押さえながらぼやく。
「…起こしてくれても良かったのに、意気地なしなんだから。」
と呟く真っ赤になった武闘家の少女の呟きは、魔法使いの少年までは届かなかった。
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end.
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