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車を運転出来るようになった。
選挙権が出来た。
煙草を吸ってもいいことになった。同じく、他人の前で堂々と酒も。
ラストの一つだけは少々目こぼしをして欲しいこともあったのだが、基本的に竜堂始は規則とか決まり事を厳格なくらいに守る方である。
まぁ、とはいえ堅物で頑固ではあっても分からず屋ではない上に反骨精神に満ちあふれているので理不尽な不条理には断固として承伏しないのだけれども。
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「始さん。」
呼びかけられ、若き竜堂家の家長は振り返って表情を和らげる。
「どうした、茉理ちゃん。」
ショートカットとセミロングの中間の髪型の少女はすとんと始の座っていたベンチの隣りに腰を下ろす。
「始さんはね、大人になるってどういうことだと思う?」
「…へ?」
始は彼にしては間抜けな答えを返した。同時に考えることが習慣付いている…というよりは考えることが何よりも好きな理屈っぽい彼の思考回路は既に三つほど答えを弾きだしている。
でも、どの答えも茉理が望んでいる物とはそぐわない気がして、始は考え込んだ。
「そうだなぁ。」
ううん、と考え込んで五つ年下の従姉妹の顔を見ながら気に入りそうな答えを探す。
「そうだな。好きなものを好きだと言わなくなること、かな。」
結論は微妙に象徴的で哲学的なものになってしまった。茉理が案の定理解できませんという顔になる。
「言わなくなるの?」
「うん。…言って、手に入らないと淋しいからね。自衛するようになるんだ。」
子供と違って、大人には限界が見えるんだよな。才能とか気概以前に、時間の、と。
このときはまだ人界の時間の流れに縛り付けられていた青年が補足する。
茉理は暫く考えこんだ後、質問を変化球で投げ返してきた。
「じゃあ、始さん。」
「なんだい。」
さらりと艶やかな髪の毛が揺れる。首を傾げたのだ。
「好きな人に好きだって言えなくなるのも大人なの?」
始はちょっと考えると、「大人」っぽい答えを返した。
「…その質問には、俺が茉理ちゃんのほっぺた以外にもキスしても良くなったら答えてあげてもいいよ。」
「えー、それ、なんかずるい…。」
大人だから、と言いながら青年は笑って立ち上がり、従姉妹の元から逃げ出す。
まだ、二人が己の正体にも気付いていない時代の出来事である。
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end.
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