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―――ケッタクソ悪い!!
ナタは目の前で口角から泡を飛ばして何かを言い募る中年の男をいっそどこか哀れむような、憐憫の情さえ含んだ棘成分過剰な視線で見下す。
男だって莫迦ではない。直に気付くに違いないから、その内このお説教だか愛の鞭だとかいうネムタイお題目はお前は尊大だとか感謝の心が無いと云う方向に切り替わるのだろう。
だって仕方もない、本当に、眠い。
ナタはまた目の前の男に黙って欠伸を噛み殺した。
第一、無駄だとも不毛だとも思わないのだろうか。たとい万の、億の、劫の言葉を費やしたとてナタには生憎其れが響く心臓の持ち合わせがない。心だって怪しいものだ。
ナタの前を、以前にやったように開腹してみせるといい。どんなに探ろうと出てくるのはころりつるりとしたのっぺいな玉がひとつきり。それでお仕舞い。五臓六腑さえナタの中には存在しない。
怒り続ける男はナタの父親だと言い張るが、男が持っている師父が与えた托塔の宝貝が無ければ、何が恐ろしいものか。
人間の世界に合わせる為だけに、親子ごっこにつき合っているというのに。
勘弁してくれ。
父親風を吹かせっぱなしの男に、流石のナタも飽き飽きしている。余所の評価は知らないが、ナタは自分では可成り辛抱強く、付き合いも良い方だと考えている。そうでなければあの素っ頓狂が枹を来て歩いているような太乙真人の弟子でなど、とても。
全く貴様は、産んでやった父母の恩愛を感じないのか。男が、半分泣くような調子で言った。そら来た、と少年は肩をすくめたくなった。
精は、父に。肉は、母に。
―――還してあげたじゃないですか、パーパ。
ナタがどんなに困窮しても命の危機に晒されていても、父母はナタを見捨てた。
けれどこの地上には親子の恩愛があると言うから、生まれたときは肉塊で在ったとはいえ、ナタは自分があの母と名乗る女の股の間から血を流して生々しく誕生したかと考えると嘔吐感と身震いがするほどのおぞましさを感じるのだが、仕方がないから。仕方がないから!!
ナタは己で己の身体を切り刻み、全てを父母に帰したのだ。これより再び親子とは思うなと、それは子供からの絶対的な絶縁状だ。
親が子を勘当するのではない。子が親を切り捨てたのだ。その事を、この矮小な男は何だと思っているのだろうか。
お前なんか、とうの昔に見限られているのに。
とうに。
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ナタはとうとう、飽きた。
「分かりました、お父さん。つまりお父さんは僕が強靭な縄のような髪の毛を持ち、海のように秀でて広い目に真珠のように真っ白い瞳、漆黒の漆のような輝く肌に紅玉のように赤い鼻、つんと上を向いた歯、象牙色の柔らかい心臓を持っているのが気に入らないと言うのですね。」
議論を一方的にぶった切ってまくし立てると、男は混乱した顔をする。
ナタは嗤った。
漆黒の漆のような髪の毛と、海のように秀でた額と、真珠のように真っ白な歯と、紅玉のような赤い瞳と、つんと上を向いた鼻と、象牙色の柔らかな肌と、強靭な縄のような心臓を持つ、紅顔の美少年は。
「失礼、つまり…僅かずつずれて居るんだ、と言いたいのですよ。美点もひとつ間違うと悲惨なことになりますから。僕は、出来損ないなので。どこかに軋みが在るのでしょう。」
―――そうだ、どこかで僅かにずれてこの世に在った為に、ご苦労なことだ。親のあんたも、子の僕も。
諦観に似た薄ら笑いを浮かべ、ナタはニヤニヤとそう内心で注釈を付けた。男は当然、少年のこの型破りな謝罪が気に食わなかった。
ナタにしては、珍しく本心を晒した言葉だったと、いうのに。
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+++END.
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