METAMORPHOSIS

-どうしてもいいわけがしたいのなら-



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:*+*+*:
二人の時間がようやく増えたら
なぜなんだろう気持ちは少しずれて
特別アブない気配もないけど
そのかわりめくるめく絶頂感もないよね
:*+*+*:




 難しい。

 ひとことで言い表すならばそれ以外には言葉を思いつかなかった。

 彼女のできたての旦那様、大空翼のことである。



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 早苗がスペインに嫁いで、もう数ヶ月が過ぎている。

 なんとかかんとかスペイン語も出来…はせずとも、やけくそで喋ってみようという位には開き直る術を身につけた。

 料理は…相変わらず翼の方がこの土地の材料ではまともなものを作る。おのれ日本食ならば負けないのに、と時々悔しい。

 今日はまだ、気温も下がらないのでガスパチョを作ってみようかなと思い立つ。後はまぁ、適当に材料を放り込んで煮上げれば出来る煮込み料理でも。ラグーってほんと便利よね、と考えながら早苗はニンニクの束を手に取った。スペインの人々は本当にニンニクをよく使う。最初は早苗は辟易していたのだが、最近では遂に気にならなくなってきた。最も、ニンニクは食べ続けると体臭になるというからそれは困るけれど。

 そんなことをつらつら考えながら台所でことこと食事の支度をしていると、折良く彼女の夫が中に入ってきた。ちなみに、父親が船乗りで殆ど母子家庭状態だった翼に、「男子厨房に云々」の考えはない。ブラジルに留学時代の長い自活経験もあるし。

「今晩、スペイン料理?」
「うん、そうよ。…いけない?」
「うーん、俺、カレーが食べたいかなぁ。」

 カレー?!うっそぉ。早苗は一瞬完全に手を止めた。どうしよう。カレーの材料って確か。そんなの用意してない。だけど、翼君は食べたいって。混乱する早苗を認めたのか、思ったことは即口に出す翼が慌てて言い訳をする。

「あ、いやでも、今すぐ今日どうしても食べたい、ってわけじゃないから!」

―――じゃー、なんでそんなこと言うかなぁ?!

 とは、思ったが。早苗はにっこり微笑んでううん、いいの、と返事をした。
「じゃ、今からでもカレー作るわ。すぐだし。ちょっと待って貰うけど、いいかな?」
 え、いいよ、と翼がぎょっとした顔になった。

「そんなさ、スペインに来て俺と結婚したからって、無理しなくて良いんだよ、早苗ちゃんも。」

 真顔で言われたのがおかしくて、笑いながら首を振る。

「私ね、翼君の良いお嫁さんになりたいの。」
「いいおよめさん?…早苗ちゃんはいつでも最高だよ。」
 ありがとう、早苗は微笑む。けれども。

「もっと、もっとよ。」

 頑張って変身しなきゃ!と気負い込む向上心満々の早苗に、翼は何故だか溜息をついた。ああまた。折角奮い立たせようとする気持ちが微かに萎む。翼は、その場での自分の感情を次々口に出す方だが、その場に出ている感情が真実というわけでもない。笑っているからといって機嫌がいいとは限らないし、冗談を言うからといって面白がっているとは限らない。だから、大空翼は難しい。

 ゲームメイクとフェイントの天才の、表層のその裏にある感情を、読め。

 最終的に表に出ているのが溜息ならば、本当は翼はどういう風に思っている?早苗自身が知らないだけで、今まで幾つも地雷だって踏んでいるだろう。そういうのは、翼の中で綺麗に解体処理されて、表に出るのはまぁ、怒ることも不機嫌も小言も無表情も在るけれど、大抵その原因が早苗にはほんの僅か分からないのだ。

 ピッチに立っているような緊張感。新婚家庭の甘さは、そう言う意味では、ない。

「なんで変身とかいうの?なんで変わろうとするの?そのままでいいじゃない、早苗ちゃん」

 しらりとそんなことを言い放つ翼に、流石に早苗は食ってかかった。伊達にアネゴと呼ばれていたわけではない、彼女はいつだって。

「だって、飽きるわ!翼くんは、きっと飽きる。いつでも新しい何かをあなたに与えるようなひとになりたいの。」

 そう、いつだって自己主張を持っていたいのだ。これは早苗の本音。翼が回転のかかったドライブシュートの名手なら、早苗はセリエAに行った猛虎のようなストライカーと同じような直球勝負が持ち味だ。

「…むつかしいこと言うね、早苗ちゃん」

 翼が本当に困った表情になった。余りに困った表情に、演説をぶっていた早苗も流石に我に返る。高々カレーで議論してどうするの、あたし。

「ご、ごめんなさ……」
「俺はさぁ、そういうむつかしいことはよく分かんないけれど、早苗ちゃんには飽きないと思うよ。」

 だから、それがどうしてか分からないのよ、なんなのよその根拠のない自信、と問い詰めたかったが、翼の思考回路なんか翼自身にも理解できていないようなのだ。聞いたって無駄だろう。溜息をついてしゅんとする早苗に、彼女の良血天然系の旦那様は何かぴこーん!と閃いた、悪戯めいた顔つきになった。

「どうしてもいいわけがしたいのなら……」

 翼が、笑う。

「御機嫌取って貰っちゃおうかな。」

 カラダで。ちゃっかりそんなことを言い放つやっぱりあなたは変わったわよ!な突然ラテン系男に変身した旦那に、早苗は思わずスリッパを投げつけてしまった。

「うわ、なにすんだよ早苗ちゃん、危ないだろ?!」
「危ないのは翼君よ!!」

 抜群の反射神経を誇るオールラウンドの天才プレイヤーに一矢も報いてやれない悔しさを噛みしめながら。それでもまぁ、翼君が手加減しないからあたしはこの人とやっていけるのだわ、と思う新妻大空早苗であった。



 ちなみに、翼自体には別の主張がちゃんとあるのだが、そちらは家庭内における発言権からすると微々たる主張であるため、今回は敢えて取り上げないこととする。





:*+*+*:
このまんま笑顔を曇らせないように
どんなときも互いに照らしあえるように
君がいるだけでよかったそれだけでよかった
僕らのシグナルいつでも青く灯らせて
:*+*+*:






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end.

 

 

いいわけ。翼君を書くのが途轍もなく難しいんです。以上。(滂沱)

 

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