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今日という日の続きに明日があるとは限らない僕たちだから。
弥生、と名前を呼ぶと彼女は長い栗色の髪の毛を揺らしてなぁに、と振り返る。
天然で色素の薄い彼女はその事がコンプレックスらしいが僕は綺麗なのになぁと思う。
そう正直に言えば、淳は気にしないからねぇと微笑まれた。
そうかな、何を、と聞くと色々と、とおかしそうに言う。
この間改めて問い詰めたら知識はあるけど常識もあるけど媚と世間ずれが足りないのだそうだ。成る程。
まぁ世間に媚びる三杉淳ってのもねぇ、と挙げ句に付け加えられた。どういう意味だか。
弥生は自分では世慣れしているつもりらしい。少なくとも僕よりは。
僕だって医師法くらい守っていると言えば淳には医師法の方が併せるわよきっと、と呆れることを言う。
一体僕をなんだと思っているのかそれを聞いてみたい。
二つ名のとおり、とてもシンプルでガラス張りの人間だと思うのだが。
今でも、日中身体を使い過ぎると夕方くらいには眠くて眠くて起きあがれなくなってしまうことがある。
弥生に言わせると、身体が無茶をさせないためにストップをかけているのだそうだ。
淳は自分では無理を無理だと思わない人だから、脳幹が勝手に反応して脊髄反射で眠くなるのよ、と無茶苦茶を言われた。
そして今日も僕はうっすらとしたヴェール越しの世界の中。
まるで僕の方が君の花嫁であるかのように、起こしに来る君を待っている。
弥生は本当は僕がこうやって昏々と眠ってしまうのが怖いのだそうだ。
いつ、目を閉じたまま二度と開けなくなるか分かったものじゃないもの、と何時だったかとても寂しそうに呟いた。
そんな君の、気丈な中の脆ささえ。
欲しいと思って強引に手に入れて、後悔なんて文字通り後からするさと嘯いて。
エゴなのは分かっている。だけれど僕には、考えたり迷ったりしている時間さえ惜しかったんだ。
童話の中のお姫様のように、起こしに来てくれるのをうつらうつらと待ち侘びながら。
僕は微睡んでいる。
何時の日か瞳を閉じてそのままもう目覚めない日が来ても、その先にはきっと弥生が居るのじゃないかと思う。
全てを内包する僕にとっての弥生という世界はなんて綺麗なんだろう。
弥生を愛してる。
世界を愛してる。
そうして今日も僕は夢を見る。
弥生という夢を。
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end.
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