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「三蔵ー、サンゾー?!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大きく手を振る少年の姿に、金髪の青年僧は眉間の皺を深くした。
「こっち、こっちだって。」
「分かってる。引っ張るんじゃない。殺すぞ。」
言いながら、それでも青年僧は大人しく小柄な元気いっぱいの少年に引きずられていった。
「…ンだよ馬鹿ザル。朝っぱらから。」
「昨日は過ごし過ぎなんですよ、悟浄は。」
続いて起き出した赤い髪の毛の青年には、黒髪で片眼鏡をかけた青年がぷすりと釘を刺す。悟浄がだってよ八戒、と言い返した。
「昨日までの雨!ンなに降り続いてみろ、誰だって気がクサクサして飲まずにゃ居られないだろー?」
「あはは、そんなこと言いながら飲むのは悟浄だけですよ。」
黒髪の青年はにべもない。
「さ、三蔵と悟空が帰ってくる前に朝ご飯の支度をしちゃうので手伝ってください。」
「はぁ?俺コーヒーでいいわ。」
「て・つ・だ・っ・て・く・だ・さ・い。」
有無を言わせぬモノクルの下の笑顔に気圧され、赤い髪の青年は二日酔いの鈍痛を残す頭を抱えつつ、立ち上がった。
「わーったよ…。クソ。」
「クソだけ余計です。」
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「どこまで行く気だ、バカザル。」
袈裟の端をぐいぐいと引かれながら走る三蔵。足下は昨日まで降り続いた雨で、相当に心許ない。
そもそもが自然の気を集めて誕生した真実の意味で野生児の少年と三蔵とはまず、お育ちが違う。
「俺はお前と違ってお上品な育ちをしてるんだよ、クソ。」
聞こえないよう小さな悪態を付きながら、泥濘に取られそうな足をなんとかさばいて走る。この上衣の裾まで汚さないように注意をしているのだから、難しいことこの上ない。
「まだか?」
「もうちょっとー!――着いたー!!」
屈託のない明るい声と共に、引っ張られて後ろから続いていた三蔵の視界も開けた。眩しさに、思わず目の前に手をかざす。
「―――っ!」
止みたての雨の向こう側には、大きな虹と少年の笑顔が見て取れた。
満足そうに笑う悟空は、雨が止んだから虹の声がしたのだという。
「こっちの方向からさぁー、呼んでるっつーか…。三蔵は、聞こえなかったか?」
聞き取れる訳ないだろう、そんなもの。―――三蔵は一つ息を吸い込み。
「俺に聞こえるのはびいびい喚くお前の呼ぶ声だけだ。…行くぞ、馬鹿ザル。」
くるりと踵を返す。悟空には伝わっていないだろうが、柄にもないことを言ったのは十分自覚している。
くわえた煙草に火を付けるのは、帰ってからにするか。
悟空は案の定きょとんとしていたが、すぐにばたばたと走って追いついてきた。三蔵に目的のものは見せたので満足したらしい。
「三蔵、腹減ったー。」
「お前はほんっとに食欲と睡眠欲だけで生きてんのか、クソザル!」
虹は食えないし!と隣で騒ぐ少年の後ろ頭をぱこんと張り飛ばし、三蔵は残る二人の仲間の元へ帰っていった。
―――声が、聞こえるか。
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end.
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