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「資料は以上で宜しいでしょうか。」
あくまで冷静に、ホークアイはとんとん、と紙の束をデスクの上で揃えた。
「ああ、うん。いいと思うよ。」
彼女の上官は珍しく上機嫌だ。不思議なこともあるものだ、仕事は山積みなのに、と彼女は首を傾げる。
このままでは間違いなく残業パラダイス突入確定だというのに。彼女の上官は、許容を超えた不必要な仕事量は絶対に拒否するタイプだ。
―――残れるから嬉しいんじゃないのかね。
ホークアイの思考など先刻承知で、ロイは心の内だけで一人ほくそ笑む。
賢者の石など欲しくない。自分はエルリック兄弟達とは違う。
もっと…そう、私はただの俗人だよ。ロイは胸の中ひそりと呟く。―――欲しいのは、たった一つの真理の黄金だ。
その思考にたゆたう男の前で、彼女は陽に透けると黄金の色に似る飴がかった薄茶の髪の毛をゆらりと揺らし、締まりのない上官の顔に不審の表情を見せた。
「私の顔に何か着いていますか?」
「着いているといえば…。」ついているし。ロイはそこで口を閉じる。
煮え切らない、のらりくらりとした掴み所のない態度に、ホークアイは焦れた。
「なんですか?言いたいことがあるのなら、はっきり口に出して仰ってください。気になります。」
ロイはにっこりと、対外向けですらない特上の微笑みを浮かべて首を振る。
「今はまだ、教えられないな。」「大佐!」
からかわれているのだとでも思ったのだろうか、憤慨したような口調になるホークアイに、ロイは不意に振り向いてついと顔を近づける。
ふわりと流すようにその秀麗な顔に垂らされた前髪が舞い上がった。追うように、紅茶の色の瞳が揺らぐ。
「…な、なんですか。」
仄かにだけ、彼女の頬が色付いた。―――ふむ、雰囲気ずれしていないな。…悪くない。
色事に不案内なのは、勝手かも知れないが今の自分にとっては非常に有り難い。
「ホークアイ中尉、これだけは覚えておきたまえ。―――私は、欲しいと思ったものは必ず手に入れる人間だよ。」
地位も、真理もね。
「もう一つ付け加えれば、好みの花を折り取ることに罪悪感も覚えない性格だ。」
顔を近づけたまま至近距離で耳元に入るように低く呟けば、彼女は手からばさばさと揃えたはずの書類の束を滑り落とした。
ふと顔を上げれば、この間まであれほど匂い立つように咲き誇っていた金木犀の花もこの秋の長雨ですっかり散って、残り香だけが名残のように花弁を敷き詰めた中庭に漂っている。
薄く紅く色付いて、きつい視線で上官を睨み据える花の容には、全く散らされる気はなさそうではあるが。
今日は晴れているから、私の勝ちだな。――男の独り言は、彼女の耳に、入ったか、どうか。
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end.
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